批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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自民党新総裁が岸田文雄氏に決まった。
菅義偉首相が不出馬の意向を示したのが9月3日。それから約1カ月、報道は総裁選の話題で埋め尽くされた。河野太郎氏と岸田氏の接戦、高市早苗氏の予想外の健闘など話題に事欠かなかったうえに、コロナ感染が収まりつつあったことも追い風となった。29日午後の総裁選はNHKほか民放各局で同時中継され、広告費換算での効果ははかりしれない。
8月にはこんな状況はだれも想像していなかった。菅政権は五輪開催で強い非難を浴び、第5波にも襲われ、支持率も下がって総選挙では苦戦が予想されていた。それがいまや目立つのは与党の政治家ばかりで、野党の影はすっかり薄くなってしまった。このメディアジャックまで計算していたとしたら、不出馬を決めた菅首相は天才的な策士だ。
新総裁が岸田氏であることも野党を戦いにくくしている。氏は「新自由主義からの転換」を掲げ、格差是正に積極姿勢を見せる。温厚で調整型の人物像は安倍晋三前首相や菅首相とは対照的だ。総裁選で女性候補が2人いたことも大きい。自民党は男ばかりとの批判は、今後強い説得力をもたないだろう。