ところで、そんなシラスをこの1年運営して感じたのは、顧客が作るコミュニティーの重要性である。シラスの動画には多数のコメントがつくが、他社のプラットフォームに比べてふしぎと荒れない。その理由はおそらく固定ID制にある。無機質な文字列でも、繰り返し表示されれば一種の「顔」のように見えてくる。配信者は常連のIDを覚えるし、ユーザー同士で交流も深まる。そうなると自然とコメントの作法が生まれ、配信者も安心して本音を話せるようになる。それが番組の質や多様性につながるのである。
その光景は筆者には、15年以上前、SNSの普及以前の掲示板やブログサービスでの交流を思い起こさせる。当時はネットユーザーの数が少なく、ビジネスとしては未熟なぶん草の根の秩序が守られていた。シラスはそんな原始のネットに先祖返りをしたところがある。今後その特徴をどこまで守れるかが鍵になるだろう。
この数年、SNSでのデマや誹謗(ひぼう)中傷は大きな注目を浴びている。法的規制の必要性も議論されている。異論はないが、攻撃を力で抑え込むことには限界もある。攻撃そのものが空回りするような場をいかに増やすかが、本当の未来に繋(つな)がるはずだと考えている。
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2021年10月25日号