オフィスのそばには神社や大学のキャンパス
があり、ちょっとした散策に出かけられる(撮影/写真部・東川哲也)
オフィスのそばには神社や大学のキャンパス があり、ちょっとした散策に出かけられる(撮影/写真部・東川哲也)
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 短期集中連載「起業は巡る」の第2シリーズがスタート。今回登場するのは、フィリピンで安価な義足作りに奔走する社会起業家、「インスタリム」の徳島泰(43)。AERA 2021年11月22日号の記事の3回目。

【写真】インスタリムが開発した義足がこちら

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 2年ほど遅れて2人目の男がやってくる。今信一郎。東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程を修了し、13年にトヨタ系列のアイシン精機(現アイシン)に入社した。機械設計やディープラーニングなどAIの研究開発に従事し、16年からフランスにある研究所で顔認識系のAIの研究開発にも関わった。

 帰任した翌年の18年にはトヨタ自動車の研究機関に出向。ドライバーモニタリングシステムの顔認識や、自動運転用の周辺環境認識用AIの開発に携わった。どこから見ても、会社に将来を嘱望されたエリート技術者であり、今自身も「やりたいことをやらせてもらった」という。だが、それでも今の中には満たされない思いがあった。

ペインポイントに届け

「お客様の困りごとを解決する」

 最近、トヨタをはじめとする日本の大企業が新規事業を始めるとき、このフレーズをよく使う。だが今は自動車の大量生産が「困りごとの解決」になるとは思えなかった。

「このまま会社にいても社会のペインポイント(人々が一番困っていること)には届かない」

 そんなある日、ユーチューブでフィリピンでの義足作りにチャレンジする徳島の動画を見る。ほぼ同時期に、あるセミナーで梶の話を聞いた。

「面白そうだから、副業で手伝わせてください」

 そう言ってインスタリムにやってきた今を、徳島は半ば強引にフィリピンに連れていく。現地の義足事情を目の当たりにした今は、かつての徳島と同じ義憤に駆られる。

「これはやらなきゃいけないやつだ」。19年、今は会社を辞め、インスタリムに入社した。

 今はインスタリムで自動設計のAIアルゴリズムや、3D―CAD(コンピューターによる設計)の開発を統括する。これで、怒りを原動力に強烈な熱量で会社を引っ張るCEOの徳島、冷静に事業計画を固めるCSO(最高戦略責任者)の梶、最先端のハイテクを使いこなすCTO(最高技術責任者)の今という、強力な布陣ができた。

 ソニー出身の梶とトヨタグループの今。日本のものづくりをリードしてきた電機と自動車の巨大企業に籍を置いていた2人が、インスタリムにはせ参じたのは偶然ではない。今はエンジニアらしく論理的に説明する。

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