次に水野が声をかけたのは、ワイキューブの後輩だった小森勇太。水野は彼を「自分を行きたい場所に連れていってくれる人」、すなわちワンピースの航海士、ナミに見立てている。
早稲田大学理工学部の数学科を卒業した小森は「お堅い大企業に入るより、ベンチャー企業でワクワクする仕事がしたい」とワイキューブを選んだ。会社では自ら立案したエンターテインメントと採用を掛け合わせた新サービスの開発に取り組み、副業で、大ブームになった「リアル脱出ゲーム」の「謎解き」を作っていた。このゲームは会場に集まった参加者が協力し、様々な謎を解いて脱出するイベント。テレビドラマや映画にもなった。小森はコンテンツディレクターとして、ゲームの肝である「謎」を生み出していた。
二足のわらじを履いて順風満帆だった小森だが、ワイキューブの経営が傾くと強い危機感を持ち始める。社内で「ケチケチ大作戦」なるキャンペーンが始まり、できる先輩がどんどん辞めていく。与えられた仕事を軽やかにこなしてイケているつもりになっている自分は、思考停止に陥っているだけではないか。
「俺の価値って何?」
そんなときに、水野に誘われた。一時期、小森はワイキューブとリアル脱出ゲームと水野の会社の立ち上げという、三つの仕事を掛け持ちする状態になったが、最終的にはこう考えた。
「他の二つは自分がいなくても回るけど、水野さんの会社は自分がいないと始まらない」
小森は「俺は日本の教育を変えるんだ!」という船長・水野の企(たくら)みに乗り、海賊の一味になった。
野望をビジネスという形にする作業は、水野の実家や喫茶店のルノアールで着々と進んだ。「オタク ヒーロー化計画」をブラッシュアップした事業計画書を尊敬する藤田に持ち込んだが、あっさりスルーされた。(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)
※AERA 2021年12月13日号より抜粋