<ライブレポート>くじら、初ワンマン【鯨と水星】で果たした邂逅
<ライブレポート>くじら、初ワンマン【鯨と水星】で果たした邂逅
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 yama、Ado、SixTONES、DISH//らへの楽曲提供でも知られる新世代のクリエイター、くじらが自身初のワンマン・ライブ【鯨と水星】を開催した。【鯨と水星】というタイトルは、くじらが尊敬するアーティスト、キタニタツヤのボカロP時代の楽曲名から借りたもの。また、くじらという名前もこの曲から来ていることがライブ中に明かされた。

 これまでの活動は、ボーカロイドやゲスト・ボーカルを迎えての楽曲制作、他アーティストへの楽曲提供が中心だったが、今年8月に自身が歌唱する楽曲を収録した初のアルバム『生活を愛せるようになるまで』をリリース。シンガー・ソングライターとして新たな一歩を踏み出したタイミングだ。アーティストの1stアルバムには特別な輝きが宿るものだが、『生活を愛せるようになるまで』もそういったアルバムであり、くじら自身のパーソナルな想いが吐露された楽曲群からは、なぜ彼が自ら歌うことを選んだのか、歌詞に綴った言葉を自身の声で発しなければならなかったのかが伝わってきた。

 そんな音楽を通して繋がる“同志”と言うべきリスナーと初めて対面できた場がこのワンマン・ライブだった。開演時刻になると、場内に流れていた波の音が泡の音に変わり、照明も深い青色に変わり、青いベールで彩られたステージにバンド・メンバーが登場。その後、くじらも姿を現した。1曲目はアルバムのオープニング・ナンバーでもある「うそだらけ」で、笑顔で歌うくじらは手でひさしを作りながらフロアを見渡し、観客一人ひとりの顔を確かめている。ファンにやっと会えた喜びがとにかく大きいのだろう。「キャラメル」ではバンドのグルーヴに体を揺らす一方、「ジオラマの中で」をじっくりと歌い上げ、「金木犀」では観客の手拍子に親指を立ててリアクション。緩急豊かなセットリストを乗りこなしつつも、自然体でライブを楽しんでいる。リズムに乗せて言葉を跳ねさせる特徴的な歌い回しは生でも健在で、独特な浮遊感を有した声がわずかにひずむ様はライブならでは。初ライブの日を迎える前にたくさん練習を重ねたのだろう、自身の声を柔軟に扱う一方、今この場で湧いた感情を素直に歌に落とし込んでもいる。

 短い挨拶のあとには、目を閉じて楽曲に入り込むようにして歌った「悪者」、抑制のA~Bメロと感情を溢れさせるサビの対比が鮮やかな「呼吸」、鍵盤との二重奏による「四月になること」を丁寧に届けた。くじらの楽曲には「周りと違って自分は何かが欠落しているのではないか」という感覚や心の傷、ぽっかりと空いた穴について歌った曲が多い。くじらが歌うとともに内省の海に潜れば、観客はその音楽に耳を傾け、心を重ね、深いところでの会話が静かに行われる。とても温かい時間だ。そして「エンドロール」へ。<嫌いな彼等に従うフリして中指を立てる/貴方は正しい/浅薄に落ちるなよ>と歌い、世界にNOを突きつけることを肯定するこの曲を、くじらは直前のMCで「不意に叫びたくなったときに一緒に叫んでくれる曲」と紹介していた。リスナーだけではなく、渋谷や新宿など大きな街に行くと押しつぶされそうになると語る彼自身にとってもまた、くじらの音楽は日々の逃げ場になっているのだろう。突き抜けるような高音を聴くと、まさに心の叫びが音楽になっているような印象を受ける。

 ファルセットがメインの伸びやかな歌唱が新鮮な「薄青とキッチン」、ミニマムなアンサンブルによる「愛など」、ネオソウル的な「いのちのせんたく」に、くじら自身もジャンプして楽しんだ「抱きしめたいほど美しい日々に」の華やかさ。曲数を重ねながら、くじらと観客はさらに心の距離を縮めていった。「ねむるまち」を終えると、本編ラストのMC。ここでは「ちょっとだけネガティブな話になってしまうんだけど、自分、上手く生きれないというか……もっと上手に生きている人はいっぱいいるけど、そうなれないと小さい頃から思っていて」という率直な実感や、「自分で一からルールを作って、自分で生きていける場所を作らないとダメだ、自分に作ってあげないとダメだと思って、このくじらという活動を始めました」というバックグラウンドを明かすとともに、「そしたらこんなにたくさんの人が観に来てくれて、なんて幸せなんだろうと思います。ありがとうございます」と観客に伝えた。また、自身の葛藤や悩み、みんなと話したいことを曲にしている、と語る一幕も。

 「みんなが苦しいときに、この曲たちが力になる瞬間があると信じてます。ここまで連れてきてくれてありがとうございました。これからもぜひ、よろしくお願いします」

 そう言って歌い始めたのは、アルバムの表題曲「生活を愛せるようになるまで」。自分が抱える生きづらさが綺麗になくなることはないが、それでも生きていこうという意思が歌われている曲だ。その後、「水星」で迎える大団円。くじらの音楽がもたらしたやわらかい空気が、聴く人の心を一つまた一つと解いていく。眠れない夜を超えて、超えて、超えて、今日まで生き抜いた孤独たちが、渋谷のド真ん中に集まり、また明日から生きていくために作り上げた遊び場がこの【鯨と水星】か。<水星で遊ぼうよ>のリフレインが痛快かつ温かく響いたのだった。

 「アンコールって嬉しいんだね」「というか、まず自分の曲を聴いてる人たちに会うのは初めてだから」と和やかなムードで臨んだアンコールでは、2019年4月に発表した初の楽曲「アルカホリック・ランデヴー」など3曲を披露。「ゆっくりゆっくり自分のことを大切にして、これからも生きていってくれたらと思います」というメッセージを観客一人ひとりに手渡して、ライブを終えたのだった。全曲を歌い終えても、フロアにいる観客に手を振り、なかなかステージを去ろうとしないくじらの姿からは、喜びや充実感、感謝の気持ちが溢れ出していた。

Text by 蜂須賀ちなみ
Pfoto by Takeshi Yao

◎公演情報
【1st ONE MAN LIVE「鯨と水星」】
2022年12月5日(月)
東京・渋谷 WWW X