今ではすっかり忘れられた言葉に「藪(やぶ)入り」というものがある。江戸時代には特に盛んになったが、商家などに勤める奉公人たちが、年に2回、親元などに帰ることのできる休日のことをこう呼んだ。
その頃、10歳くらいになると、豊かでない家の子どもたちは、家から出され、人手が必要な家に奉公することが通常だったので、雇い主たちはたくさんのお土産を持たせて親元へと送り出していたのだとか。年にたったの2回でもあり、いい話なのか哀れを誘う話なのかは判断がつきかねるが、どんなひどい雇い主でさえ、年に2回はお休みとともに温情をかけたという日なのである。
帰省の習慣のはじまり
もともとは、嫁入りした娘が実家へ帰ることができた日だとか、由縁はいくつかあるようだが、「藪入り」とは正月とお盆の16日を指している。もちろん、以前は旧暦のことであったが、現在の暦になってからは、1月16日と7月(あるいは8月)16日がこれにあたる。藪入りという名の由来も、この日である理由もはっきりしたものは今ではすっかり分からなくなってしまったようだが、正月とお盆に「帰省をする」という習慣だけは、現在もしっかり定着しているようだ。
「地獄の釜の蓋もあく」日=藪入り
商家では忙しい時期が過ぎ、「正月送り」「盂蘭盆」も過ぎたあたりで、店なども一段落することから奉公人がいなくても手が足りる時期と判断してのことだろうか。
こんな日は、きっと地獄もお休みだろうと考えられたのか、藪入りの日は「地獄の釜の蓋もあく」日として、地獄の鬼たちもお休みして、罪人たちに責め苦を与えるのを休むのだという。このことから、地獄の番人として名高い閻魔大王の縁日=賽日(さいにち)ともされ、人々は閻魔詣でに繰り出すようになった。藪入りの習慣が先なのか、賽日が先なのか、こちらも今でははっきりとしない。深読みすれば、奉公先は地獄と同等の意味を持っていたということなのかもしれない。