故・中村吉右衛門(提供)
故・中村吉右衛門(提供)

――幸四郎は「叔父自身が歌舞伎」と話す。

 歌舞伎のために生き抜いた人です。初代吉右衛門の芸を受け継ぎ、全身全霊を捧げて舞台に生き抜いた人。

 私にとって吉右衛門の叔父は、親戚の叔父さんという感じではありません。私が生まれた時から歌舞伎役者の中村吉右衛門なので。「ちょっと近くまできたから寄ってみたよ、元気?」とはならないかな(笑)。ただ、私は甥(おい)という存在ではあるので、私の行く先をすごく気にかけてくださいました。どういう役をやったほうがいいという教えをいただきましたし、たくさん稽古もつけてくださいました。叔父は、師匠であり憧れです。私の中にずっと生き続けていく存在なので、目指して追いつきたいと思いますが、決して追いつくことはありません。「遥か彼方(かなた)にい続けて」という思いがあります。私ができることは叔父の芸を、自分の体を通して一人でも多くの方に見ていただけるようにすることだと思っています。

――叔父の芸を体現する翌月には、歌舞伎座の「四月大歌舞伎」で人情物語『江戸絵両国八景 荒川の佐吉』の佐吉に扮し、父・松本白鸚と共演する。幸四郎にとって父は、「いい意味で落ち着くことをしない人」だ。

 父は安定よりも、今はまだ見えていないものを追い求める、ある種の“潔さ”をもって生きている気がします。幸四郎から白鸚を襲名するという70歳を過ぎてなお初役に挑み、すごく昔に演じた、それこそ若い頃に勉強会で一度演じた時以来という役を演じています。『ラ・マンチャの男』を半世紀以上演じ続けていたりと、普通に考えたらそういう姿勢でい続けることは、難しいことかもしれません。でも、父はそれらをやることができる自分を信じている。それは潔い生き方だと思います。

――それが高麗屋の伝統なのだろうか。息子・市川染五郎には芸のすべてを見せていると言う。

 高麗屋ならではの教えは特にないですね(笑)。私自身、伝統芸能というところにすごく魅力を感じていますが、当たり前のことですけれど、歌舞伎は演劇であるということです。舞台に立つ人間からすれば、感動していただくものを演じるということが一番に考えることです。

暮らしとモノ班 for promotion
新型スマホ「Google Pixel 9」はiPhoneからの乗り換えもあり?実機を使って検証
次のページ