谷川:若い人たちの間からは、「新語」もどんどん出てきますよね。辞書はそれをどこまで追っかけるんですか?
飯間:できる限り言葉の変化を追跡し、用例を集め、辞書に記述したいと思っています。「もう、この言葉を辞書が無視することはできないのではないか」「今の辞書に欠けているものはないだろうか」と常に考えます。
■「がむしゃらに怒って」
例えば、ヒットしているJポップの歌詞にも、まだ辞書には載っていない興味深い言葉が数多くあります。あいみょんの「愛を知るまでは」には「時にはがむしゃらに怒って」という表現が出てきます。「がむしゃらに働く」とは言いますが、怒るときに「がむしゃら」はあまり使わないですよね。星野源の「不思議」という歌の「躓(つまず)いて笑う日も/涙の乾杯も/命込めて目指す」は、愛し合う2人が「心を込めて」ではなく「命込めて」幸せをめざすという、これもちょっと変わった言い方です。
谷川:なるほど。でも、すごく通じますよね。
飯間:そうなんです。関ジャニ∞「Re:LIVE」では、「変わり採る夢/時代に/君は未来持ってんだ」と。この「変わり採(ど)る」は、前後から推測すると「これまでとは変わって新しく採る夢」ということかなと。
谷川:ポップスの歌詞は音楽に沿って歌われると何かよくわかんなくても感動しちゃいますよね。音楽と一緒に言葉が変わっていき、新しい表現が出てくることが僕は面白いし、時代の必然性があると思います。
飯間:つまり、メロディーによって新しい言葉が出てくる。
谷川:そう。詞が先にあって、作曲家がそれに音楽をつける「詞先」ではなく、曲に言葉をはめていく「曲先」がいまはたぶん主流だと思いますが、その場合、メロディーや抑揚でふっと言葉が生まれて、前後の意味を考えなくても自然に歌えてしまうようなことが起きる。
■鉄腕アトムの「ラララ」
飯間:谷川さんは、「曲先」で詞をお作りになったことは。
谷川:「鉄腕アトム」は曲先でした。僕がちゃんと考えた歌詞よりも、皆さん「ラララ」の部分を楽しそうに歌うので、ちょっとがっくりきた(笑)。
飯間:なぜ「ラララ」と?
谷川:うまい言葉が見つからないから「ラララ」でも入れておくか、と。歌詞は詩に比べると意味が重くないほうがいいと当時は思っていたので、「心やさし/ラララ/科学の子」という感じで、あえて「隙間」を空けようという思いもありました。
飯間:曲先だからこそ「ラララ」という表現が出てきた。そういえば、「ラララ」はまだ我々の辞書には載ってないです。これは項目を立てるかどうか、ぜひ検討しなければいけません。
谷川:いいですね。ただ、「ラララ」の定義でまた悩んでしまうのではないですか(笑)。
(構成/編集部・小長光哲郎)
※AERA 2022年5月30日号
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