この方の一人称はやっぱ「わたくし」よね。『わたくしが旅から学んだこと』は1月5日に90歳で他界した兼高かおる氏が82歳で旅への思いを綴った本である(2010年。文庫は13年)。
日本の女学校は居心地が悪く、戦後アメリカの大学に留学。身体を壊して帰国するも、80日ならぬ80時間世界一周を達成したのが注目されメディアで仕事をはじめた。「兼高かおる 世界の旅」がスタートしたのは1959年。
<番組製作スタッフはわたくしを入れて3人。わたくしがプロデューサー兼ディレクター、ナレーターをひとりでこなし、あとはカメラマンとアシスタントです>という最小限の態勢で現地に飛び、予定はいつも未定でシナリオもない。雨が降れば雨の街を紹介しようと決め、移動中におもしろいものが見つかれば車を止めて即撮影。フィルムをつなげたときに不自然にならぬよう、ひとつの国にいる間は毎晩洗濯をし、1週間でも同じ服を着続けた。
番組は31年続いて90年に終了。生活の99%を「世界の旅」に費やす日々が62歳にして終わっても、年に100日は旅をしているという著者は<働き盛りの人たちに旅に出てほしい>という。
だよね、温泉に1~2泊してと思いきや<ぼけっとして心を休めるのには3日くらいの休みではダメです>。浮世のしがらみを忘れるには3週間は必要で、<会社は、勤続10年以上の社員に対して1年に3週間連続の休暇を与えるべきです>。なぜって<心を休め、頭が動き出したときに、プロの視点で何かを見て、出会えば、ふと仕事に役立つアイデアがわく>からだと。た、たしかに!
昭和一ケタ生まれの女性らしく古風なところもあるけれど、生涯独身の人生を振り返って<わたくしのだんなさまは「世界の旅」でした>といいきり、<結局、わたくしは、昔も今もこれからも旅をしていくのでしょう>と締めくくる。どこから見てもブレるところのない人生。ちなみに単行本時の副題は「80過ぎても『世界の旅』は継続中ですのよ!」だ。
※週刊朝日 2019年3月29日号