吉崎道代さん(撮影:谷岡康則)
吉崎道代さん(撮影:谷岡康則)

 引用ばかりの入試論文を「英語で書いたのが良かった。英語がわかる教授がいなかった。あと、ゲイシャの国からやってきた女の子だからって面白がられたのもあり」、学費不要の伊国立映画実験センターに留学、パゾリーニ、ヴィスコンティといった伝説的監督の講義を受ける。日本の配給会社で買い付けの仕事に就くと伊語と英語を駆使し、「ミニスカートのタフネゴシエーター」と呼ばれた。

 製作会社を立ち上げ、#MeTooで明らかになった男社会の映画界を生き抜いた。機転とチャームもあった。フェデリコ・フェリーニに日本から取り寄せた育毛剤「加美乃素」をプレゼントすると、「オルフェイサーカスに行かないか?」。フェリーニの傑作『道』はサーカスが題材だった。「当時のサーカスは馬の糞やおしっこ、それに精液の匂いが紛々とする実に哀愁ただようセクシーさに溢(あふ)れていた。この哀愁をフェリーニはこよなく愛したのだろう」と吉崎は自伝に書いているが、著作の最後にある母への思いが泣かせる。

「生涯に一、二本の映画しか観なかった母は、娘の私が映画を買いつけたり製作したりする仕事でお金が稼げるとは信じられなかったようだ。(略)私が子供を抱えて外国で貧乏暮らしをしているであろうと、年金を貯めた中からそっとお金を包んでくれたのだ」

 13歳からの日記を本にまとめたのは孫のためなのと、トレードマークのジャンフランコ・フェレのストローハットをかぶって吉崎道代が微笑んだ。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中

週刊朝日  2023年1月20日号

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