「ただ、人前で歌うといっても、ミュージカルの場合は自分の個性を出すというより、役の感情になって歌うことが求められます。僕も最初は、セリフが突然歌になってしまう展開に戸惑いはありましたが、やっているうちにそれは、自意識が残っているから恥ずかしいんだってことがわかってきた。音楽に、役が持つすべての感情を託すことができれば、それはセリフ以上に、聴いている人の心に響く。歌にはリズムやメロディーだけじゃなくて、言葉も乗せることができる。初めての本格ミュージカルで、歌の持つ奥深さに苦しめられて悩まされて、同時に魅了されたんです。僕がトートを目標にしたのも、トートの歌が歌いたいという気持ちが大きかったですね」

 一つの目標に向かって頑張るようになると、その意欲が次の運を引き寄せるのか、新たな魅力的な役との出会いが続いた。

「ミュージカルの世界に身を委ねていたら、本来行きたかった場所に行けたような感じでした。まさか自分がミュージカル界にいるなんて想像していなかったけれど、この世界は、何が起こるかわからないから面白いと思う。いつでもどこでも行けるように、歌も踊りも芝居も、常に自分を“スタンバイOK”の状態にしておかないと、と考えるようになりました」

(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2023年1月20日号より抜粋

▼▼▼AERA最新号はこちら▼▼▼