「えー、マジ文章書けないんだけど」「えーっ! マジ、マジ?それ相当やばいよ」
就活のエントリーシートを前に困惑する女子大生・浅嶋すずと、バイト先の喫茶店の常連の"謎のおじさん"とのこんなやり取りから、本書『マジ文章書けないんだけど―朝日新聞のベテラン校閲記者が教える一生モノの文章術』は始まります。
著者の前田安正氏は、朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長であり、エッセイ教室や就職支援講座などの講師として活躍しています。「考えをしっかり伝えられる=自己実現の近道」と考える前田氏は、まえがきで「文章を書く力を得るにつれ、人生の道が大きく広がっていく...。そんなストーリーを通じて文章の書き方を伝えていこうと思うのです」と述べています。
本書は、すずとおじさんのエントリーシートの書き方をめぐる軽妙な会話で展開してゆきます。最初のステップで出てくるのは、文と文章の違いです。文は一つのまとまった内容を表す最小の単位で、大概「。」で終わるもの。文章とは一つ以上の文が連なった言語作品のこととおじさんは教えてくれます。「短くて簡潔な文をつないで文章にしていけば、言いたいことをしっかり伝えられるものなんだ。」(本書より)
おじさんが、松田聖子の「赤いスイトピー」を例にあげたのは、助詞の代表「が」と「は」の違いについて説明した時のこと。「何故あなたが時計をチラッと見るたび泣きそうな気分になるの?」の歌詞では、主語がなくても泣きそうな気分になるのは「私」。でも「何故あなたは時計をチラッと見るたび泣きそうな気分になるの?」と変えると、泣きそうな気分になるのは「あなた」ということになります。これは「が」はすぐ後ろの述語だけにかかるのに対して、「は」は遠くの述語にも影響を与えるからなのです。
普段あまり意識しない「が」と「は」の働きの違いは、他にもあります。「あの俳優は演技がうまい」というと、たくさんいる俳優の中で演技が上手な俳優だという意味であり、「あの俳優は演技はうまい」なら、たくさんいる俳優の中で、他のことはともかく演技だけは上手だと聞こえますね。「タケル君がユミの新しいカレシなんだって」は、ユミに新しいカレシができたことは知っていたけど、それはタケル君だったんだねという意味にとれます。「タケル君はユミの新しいカレシなんだって」と言えば、「知り合いのタケル君は実はユミの新しいカレシなんだ」と驚く気持ちを表すことができます。
「『が』と『は』の違いは心理的なものも映し出すってことだね」とは、これを教わったすずの感想です。たった一文字の助詞の使い分けで微妙なニュアンスを伝えられる日本語って面白くて、奥が深いと思いませんか。
本書には、それぞれの項目の最後に、箇条書きの「すずメモ」があり、
「・つなぎの意味しかない『だが』『ので』『が』『けど』が出てきたら文を二つに分けてみる。
・そうすれば、必然的に文は短くなる」(LESSON10 すずメモより)
「・一つの文は一つの要素で書く。
・要素が増えたら、文を分ける。
・これだけで文章が変わる!」(LESSON15 すずメモより)
「・5W1Hで一番大切な「W」は「Why」。
・読む人が「なぜ」「どうして」と思うところをきちんと説明すること。
・客観的に観察してストーリーを描くこと」(LESSON19 すずメモより)
など、文章を分かりやすく書くコツが箇条書きでまとめられています。
みんな小学生の頃から習う文章の書き方。大学生になっても論文やレポートを書くし、社会人になると、仕事でメールや報告書、企画書などを作成する機会は一層増えてくるもの。それなのに、文章力に自信があるという人はそう多くはないでしょう。
口語体の文章、コミカルなイラスト、一目で内容が把握できるレイアウトなど、様々な工夫が凝らされた本書は、エントリーシートに頭を悩ませている就活生ばかりでなく、忙しい社会人にも気軽に読める一冊です。言いたいことを文章できちんと伝える能力を身につければ、それはきっとあなたの財産になりますよ。