
トルコの古代都市シデ。孤児院育ちのダフネ(エズキ・チェリキ)は母を探してこの地を訪れた。唯一の手がかりは若き母の写真だけ。そんなダフネを不思議な人々が手助けする。が、ほかの人々に彼らの姿は見えていないようで──? 2024年東京国際映画祭〈アジアの未来〉作品賞受賞の注目作「わたしは異邦人」。脚本も務めたエミネ・ユルドゥルム監督に本作の見どころを聞いた。
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はじまりは古代都市シデを訪れたときでした。冬の街を静けさが支配し、まるで幽霊が街をさまよっているかのように思えたのです。タイのアピチャートポン・ウィーラセータクン監督が大好きでもあり、生者と死者が対話するファンタジー性のある物語をユーモアを交えて撮ってみたいと思いました。
ファンタジーという方法をとったもうひとつの理由があります。
本作に登場する女性たちはさまざまな時代に、それぞれ困難を抱えて生きてきた人々です。トルコは残念なことに歴史的に家父長制的な社会で、女性たちは抑圧され続けてきました。私がこの物語で描いたのは、それらへの抵抗です。どの時代にも女性たちはその社会のなかで闘ってきた。それを直接的にではなくファンタジーとして伝えることで、より多くの観客の感情に訴えることを目指しました。
劇中では1990年代、トルコの政治闘争の悲劇にも触れています。いまトルコに限らず世界中がおかしな空気になっていますよね。しかしいつの時代もよりよい社会を作ろうと闘った人々がいる。そのことを伝えたいと思いました。
本作は「母と娘」の物語でもあります。私が母を理解できたのは30歳を過ぎてからですが、「母」とは生物学的なつながりではなく、慈しみの概念だといまは思います。本作を観た母に「(登場する女性たちが辿るような)こういう生き方もあったのね」と言われてハッとしました。いかに母が家に押し込められ、我慢を強いられてきたのかをあらためて知ったのです。

トルコではいまだ男性監督に多くの資金がまわり、正直、我々の制作は困難です。それでも監督を目指す若い女性が増えています。彼女たちはもう怖がっていません。そこに連帯が生まれていることをとても素晴らしいと思っています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2025年8月25日号
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