このツアーで何を買ったのかと尋ねると、郭さんは「何も買わなかった」と答える。「上海でも買えるものばかりだから」というのが主な理由だったが、釜山旅行の目玉である「免税品店でのショッピング」も、もっぱら冷やかしだったようだ。工場労働者として“生涯節約を通して生きてきた世代”には、強い物欲もない。

「船の中は熟年層が目立った」ともいうが、ともあれ、初老夫婦にとってクルーズ船は移動も少なく、快適な船旅となったようだ。

●富裕層はもう日本に来ない? 今後のメイン層は一般庶民

 2015年、中国からの訪日客が団体旅行を利用する割合は50%弱にまで減った。これに代わって個人旅行が50%強にまで増えたといわれている(在上海日本国総領事館)。旅のスタイルが個人旅行にシフトする一方で、旅行商品も「低額化」する傾向だ。海外旅行に憧れる新たな“予備軍”たちが「格安ツアー」にアンテナを張るという傾向は、いっそう強くなってきている。

 今年の春節を前に、中国では3泊4日で2990元(約4万8000円)という破格の訪日フリーツアーが販売された。このツアーを企画した中国の旅行社は、発売の経緯について次のように明かしている。

「中国人に発給される日本の観光ビザの要件に『年収25万人民元以上』というハードルがありますが、今回はそのギリギリのラインにいる『年収25万元の中国人』をターゲットに企画したのです。年収が25万元(約400万円)あれば、少なくとも3000元程度の預金があり、旅行商品が購入できると目論んだのです」

 富裕層やアッパーミドルを中心とした訪日客はすでに一巡し、一服感が出始めた。新たな訪日旅行者を掘り起こすには、さらにハードルを下げなければならないというわけだ。この「格安ツアー商品」が告げるのは、“訪日客の顔ぶれの変化”である。

 日本のインバウンドビジネスにおける先駆者である唐輝(仮名)氏は、中国からの訪日中国人客の動向を次のように分析する。

「この数年で北京や上海などの沿海部の富裕層は、たいていの人がすでに日本を訪れ、欲しいと思うものを買い尽くしました。これからは訪日するのは中間層よりも下の一般庶民になるでしょう」

 中国人客の訪日旅行、その変化は目まぐるしい。振り返れば2000年代、日本行きのツアーといえば「5泊6日4000元」が定番だった。1万元を超える高額ツアーが売れ始めたのは2010年を過ぎたあたりから。そして今、「6000元を超えるツアーは売れなくなった」(前出の旅行社)。高額品が売れた「爆買いバブル」の次に待ち構えるのは、またしても「安さ勝負」の市場なのだろうか。

(ジャーナリスト 姫田小夏)