
吉田さんは撮影見学が大好き
吉田さんと李監督は、『国宝』で3回目のタッグとなりましたが、最初の『悪人』の映画化のときには共同脚本をされています。神楽坂にある映画監督や脚本家たちが缶詰めになった「和可菜」という老舗旅館に数週間にわたって通いつめ、二人でパソコンを向かい合わせながら書き上げていますから、そこでかなり関係性は深まったのではないかと思います。続く『怒り』『国宝』と、大きな作品の映画化は李監督に任せているわけですが、吉田さんは、撮影を見学するのが本当に好きで、ふつう原作者が撮影現場に挨拶に行くという場合、半日ほど見学して済ませるところ、2泊3泊と、ずーっとご覧になっていて、もう監督だけでなく、美術、カメラマン、音声、衣装といった李組のスタッフ全員と顔見知りどころか意気投合されていましたから、今回の映画「国宝」でも、もはや李組の一員的な存在で、スタッフが案内するまでもなく現場に溶け込んでいました。
とにかく、最初に監督の構想を伺ってから映画化に辿りつくまで長い道のりでしたけれど、この作品が実を結んだ理由のひとつには、吉田修一という作家が、人間関係も含めて、強い引きを持っているということ。もうひとつは、映画化に至るまで長い時間を要しましたが、それだけ醸成に時間が必要な作品だったということで、いま、タイパ、コスパで、とにかく早く結果を出すことが求められる時代にあっても、ワインは何年も寝かせることで味を深めていくのと同様、『国宝』には熟成の時間が必要だったのだと思います。
ゲッターズ飯田さんに占ってもらったら
『国宝』は小説の執筆に至るまでの準備期間が2年以上あり、さらに1年半という連載期間だけでなく、2018年9月に書籍化されてからも世間に評価されるまでには時間がかかったと記憶しています。発売当初は、予想していたような広がりが感じられず、目立った評価も限られていました。吉田さんも、もどかしかったと思います。私も不安になって、ゲッターズ飯田さんの弊社担当者に、吉田さんの運勢を占ってもらったくらいです。
飯田さんからは「年が明けてから運気が上がる」と言っていただいたところ、19年春に芸術選奨、夏に中央公論文芸賞と、つづけて受賞が決まり、発売から半年以上が過ぎてようやく作品の評価が定まりました。映画化が決まったのも、文庫化されてしばらくしてからのことですので、とにかく時間をかけて積み上げてきた成果が、今回の結果に繋がっているように思います。
いま、おかげさまで文庫は上下巻合わせて120万部となりました。より多くの方に原作にも触れていただければと思います。
(構成 AERA編集部・三島恵美子)
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