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 昨年の“母の日”に、私が勤める花屋の看板、ヒロシが旅立ちました。
 表参道界隈で外猫として暮らしていた彼(雄、推定13歳)がお店の子になって12年。漆黒の毛皮に鮮やかなグリーンアイズのイケメン(写真)で、辺りではちょっとした有名猫でした。
 撮影も慣れたもので、お客様がカメラを向けると、ぴたっとポーズを決めて。
 お店で暮らすヒロシでしたが、昨年4月下旬に体調を崩し、具合がぐっと悪くなってからは、自宅に連れていこうか、かなり迷いました。でも、ヒロシは原宿生まれの原宿育ち。この街に親しみ、近所の人たちに可愛がられてきた猫です。きっと知らない所では死にたくないだろう、そして一匹で死ぬか誰かの前で死ぬかはヒロシ自身が決めることだろうと考え、「また明日ね」と言って毎晩、店を閉めました。
 翌朝、「大丈夫かな」と思いつつシャッターを開けると、私の顔を見て「ニャ」と挨拶してくれる。「今日も生きてた!」と胸をなでおろす。そんなふうにして遠い場所へ向かう準備をするヒロシと過ごしました。
 母の日は朝から忙しかったのですが、夕方ふっとお客様が途切れたタイミングで、ヒロシを抱っこしてそっと呼びかけると、ちょっと私の目を見て小さく返事をして、そのまま腕の中で静かに息を引き取りました。
 ひとしきり泣いて、いつものカゴに寝かせたら、また店にはカーネーションを買うお客様がバタバタと続いて……。こんな時にも空気を読む、花屋の看板猫らしい立派な最期でした。
 別れの覚悟はできていたけれど、ヒロシのいない空間にはまだ慣れることができません。でも、私にはヒロシがいたから出会えた方がたくさんいる。
 ありがとうヒロシ。またね。

(中山浩子さん 東京都/48歳/生花店勤務)

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