
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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トランプ関税と米価の高騰が、目下、最大の国民的な課題ですが、見過ごせないのは安全資産と思われてきた日本の国債に黄色信号が点灯したことです。5月20日には、日本の30年物国債の利回りは年3.14%まで上昇し、国債の「安全神話」に翳りが生じつつあります。また、長期貸し出しや社債金利などの基準となる10年物も1.5%を超える上昇を示し、金利の上昇と通貨・円への信認が揺らぎかねない兆候が見られます。ただ、27日には、財務省が超長期金利の上昇を抑えるため25年度の国債発行計画の年限構成を再検討するとの報道があり、長期金利の上昇にブレーキがかかった形です。
にもかかわらず、28日の40年物国債入札は低調で応札倍率は低水準となりました。
日本の国債の保有・消化の90%近くは国内の投資家であり、その点で通貨と債務への信認は安定しています。中央銀行と政府を一体的に捉え、自国通貨建て政府債務は破綻しないとする現代貨幣理論の論者からすれば、国債金利の変動に一喜一憂する必要はないのかもしれません。しかし、金融緩和の一環として大量の国債を購入してきた日銀も買い入れを縮小せざるを得ず、国内金融機関の国債依存度が高い分、金利上昇の局面でバランスシートが一挙に悪化しかねません。石破首相が喝破したように、日本の国家債務は、対GDP(国内総生産)比で二百数十%を上回り、ギリシャより深刻な面があることは否定できず、国債金利の上昇に歯止めがかからなければ、企業貸出金利や住宅ローン金利も含めて甚大な影響を与えそうです。
かつて過剰債務を抱えて国家破綻となったアルゼンチンを「定点観測」した経験から言うと、財政破綻は突然やってきて、瞬く間に国民の生活を根こそぎ一掃するほどの破壊力をもっています。膨大な国家債務を抱えた日本の国債の金利上昇は、やや過激な表現を使えば、「静かな時限爆弾」と言えなくもないでしょう。それが炸裂しないためには、財政の健全化と持続的な成長戦略を組み合わせた骨太の総合的な施策が必要です。しかし、与野党を問わず、その輪郭すら見えないのはどうしたことでしょう。
※AERA 2025年6月9日号
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