──スマートフォンが生活の中心にある今の社会では、SNSもチャットアプリも文字によるコミュニケーションが中心です。最近では、電話を嫌がる人も増えているとか。
今は文字中心社会ですからね。ただ、文字コミュニケーションによって、自分の声による音声コミュニケーションと同じ情報量が伝わると思い込んでいる人が多いような気がします。
そのことを真剣に考えるようになったきっかけのひとつは、歌人の俵万智さんとの交流でした。短歌は、もともとは声に出して詠み合うもので、それが今の時代になって「詠む」から「読む」に変わってしまった。そこで、あえて短歌を声に出して音で伝えることで、実際に印象が変わるのかを俵さんと語り合ったことがあります。
俵さんの作品には、「音の響きの心地よさ」を意識して取り入れているものがたくさんあります。本書の第二章でもいくつか具体例を紹介しています。上白石さんの声の分析にも共通することですが、文字にすると消える情報がたくさんある。そのことはもっと知られてほしい。

──SNSでは激しい言葉が注目を集める一方で、人間同士の音声コミュニケーションでは逆に感情を抑える傾向が強まっているように感じます。
X(旧ツイッター)のように、少ない文字数でインパクトを生み出す表現手法に焦点が当たる中で、言語表現の可能性が狭められている側面はあると思います。逆に文字ベースであるがゆえに生じるいさかいごとも少なくない。人間のコミュニケーションはもっと複雑で豊かなものであると知ってほしいですね。
そもそも、人間同士で「言葉が通じる」のは、奇跡的なことなんです。発声ひとつとってみても、肺・声帯・舌・唇が絶妙に連携して、いろいろな音を紡ぎ出している。研究者としても、よく人間は、こんな複雑な体の動きを持っているなと驚かされます。この仕組みを知ることって「無条件の自己肯定感」にもつながります。
冒頭の言語学ブームの話に戻ると、結局は「人間とは何か」の問いにつながるのではないでしょうか。それは、文字によるやりとりだけではなくて、音声のコミュニケーションも含めて考える必要があります。
本書は「言語」を入り口に、ことばのプロたちとの交流を通して、人間とは何かを探ろうとする旅の記録です。言葉に耳を澄ませることは、自分という存在に向き合うことでもある——その感覚を、ぜひ体験していただけたらと思っています。あなたの声に、新しい“自分”を見つけてください。