デビュー当時から他のアイドルにはない大人びた魅力のあった中山美穂さん
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 昨年12月6日に、入浴中の不慮の事故で亡くなった歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)。お別れの会が22日、東京国際フォーラムで行われる。亡くなったことが報じられたときも、そして、お別れ会の当日を報じる番組でも、中山美穂さんの楽曲が流れるだろう。特によく耳にするのは中山美穂さんの最大のヒット曲「世界中の誰よりきっと」だ。なぜあそこまで売れて、彼女の代表曲ともいえる一曲なのか? 人気音楽評論家のスージー鈴木さんが中山美穂さんがいた「あの時代」を振り返る。

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 中山美穂さんは、1985年に放送されたドラマ「毎度おさわがせします」(TBS系)で彗星のように現れ、同年の初主演ドラマ「夏・体験物語」の主題歌『「C」』で歌手デビュー。その後も、多くのヒット曲を発表した。数多ある名曲の中でも、訃報を伝える番組などでよく耳にしたのは、中山美穂さん92年リリースの25枚目シングル「世界中の誰よりきっと」だ。

世界中の誰よりきっと(1992年)/ファン私物

「世界中の誰よりきっと」は発売20日間で100万枚の売り上げを突破し、オリコン集計で累計約183万枚の中山美穂さんの楽曲の中で最も売れた曲。最大のヒット曲だから、中山美穂さんを報じる番組で流れるのももっともだが、昭和歌謡曲にも詳しい人気音楽評論家のスージー鈴木さんは、この楽曲の持つ力を「音圧」と表現する。

「中山美穂さんが亡くなってから改めて『世界中の誰よりきっと』を聴いたら“音圧”がすごかった。90年代前半のキラキラとした耳触りもありつつ、窒息しそうなほどの音の厚みを感じました」

 スージー鈴木さんが“キラキラした耳触り”の時代と表現した90年代前半とは、「ビーイング系」が台頭してきた頃だ。「ビーイング系」とは、1978年に設立された音楽制作会社「ビーイング」(現在、B ZONE)に所属または関連するアーティストや楽曲の総称。

 主なアーティストは、中山美穂さんと「世界中の誰よりきっと」でコラボしたWANDSのほか、TUBE、B'z、ZARD、B.B.クィーンズ、T-BOLAN、大黒摩季、DEENなどがいる。「世界中の誰よりきっと」がヒットした93年のオリコン年間総合売り上げチャートにはビーイング系アーティストの名前がたくさん並んでいる。

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