
物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2025年4月21日号より。
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先日、都内の家電量販店に行ったとき、店頭で一番目立つ場所に置かれた炊飯器が10万円を超えていることに驚いた。「ご飯を炊く」という基本的な機能が、いつの間にか高付加価値化されているのだ。日常的なものすら高級品化されている現状に、少し戸惑いを覚えた。
最近発表された野村総研のレポートによると、日本の富裕層・超富裕層の世帯数(純金融資産保有額が1億円以上の世帯の数)は、近年増加傾向が強くなっている。この背景には、株価の急騰や円安による資産価値の増加に加えて、「相続」によって資産が世代間で固定化されている現状があるという。
格差そのものがすべて悪いとは思わない。格差が生まれないのなら努力や競争も生まれにくい。努力や競争は、経済成長を促す原動力にもなる。しかし、生まれながらに持った格差が世代を超えて固定化し、一度広がった格差を個人の努力で埋めることが難しくなるのは問題だ。頑張って努力しようという気持ちが生まれにくくなり、社会には閉塞感が漂ってしまう。ギャンブルに近いような投資がもてはやされるのも仕方がないことだろう。
政府は現在、「高付加価値創出型経済」を推進しようとしている。高付加価値の商品やサービスを作ることで経済成長を促そうというものだ。
家電メーカーであれば、生き残るためには高付加価値の商品を作るという選択になるのはわかる。しかし、全体の経済においてはそれが最適解なのだろうか?
全体の経済を成長させるには、生産性の向上が欠かせない。高付加価値の商品を作るのは、生産性を上げる方法の一つだ。しかし、もう一つ別の方法もある。同じものを生産しながら、効率を高めることだ。超高級なブランド米を作るか、これまでと同じ米の生産を増やすかの違いだ。