
全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2025年4月7日号には銀座テーラーグループ 代表取締役社長 小倉祥子さんが登場した。
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取材時に着こなしていたグレーのダブルのパンツスーツは、社長就任後に誂(あつら)えた思い入れのある一品だ。男性が着ると重厚感が増すダブルは、女性が着るとエレガンスさが上乗せされると気づいた。
41歳で4代目社長に就任した直後、コロナ禍に突入。銀座の街はゴーストタウンと化し、受注がストップしてしまったあの時を、「会社を存続させることが、経営者としての最初の仕事でした」と振り返る。
資金繰りをはじめ、営業担当には改めてどんなセールスをしたいかのレポート作成を、技術者には手縫いの「ビスポークマスク」の生産を伝えた。「マスクで生計は立てられなくても、職人の手を止めてはいけない」と思ったからだ。テレビ局からの取材も入り、受注が入ると予測。ECサイト立ち上げの旗振りもした。
その中で新たな事業の構想が生まれた。
少しずつ会合や食事会ができるようになってから、知人の経営者や管理職の女性から「スーツをどこで買っていいかわからない」との声をよく聞くようになり、“スーツ迷い人”が多い現状を知った。
自身も女性用スーツを着たことで「あった方がいい」と思い、コロナ禍に女性スーツ事業を一気に前進させた。立ち上げから1年半、レディース部門の受注数は伸びている。
実は幼少期からピアノに傾倒し、ピアニストを目指した時期があった。留学を経験するも、「力が及ばない」と、前向きに音楽のキャリアを諦めた背景がある。それが今、巡り巡って仕事に生きている。
音楽家、特に男性ソリストが舞台に立つ時、タキシードを身にまとうことが多い。これまでのつながりや、クラシック音楽に関する知見も後押しとなり、最近では人気のある外国人バイオリニストの衣装協力を担当した。
「元々好きでやってきたクラシックがスーツの世界とつながり、新しいフィールドが生まれてきている段階。楽しいです」と顔をほころばせる。
銀座の地で、ものづくりと売り場の現場が一体となり、営業と職人の部門をそれぞれ雇用するテーラーメイド店は類を見ない。
「老舗だからこそ柔軟性は忘れずにいたいですね。成果を出しながら進む方向を示し、安心してついてきてもらいたいです」
(フリーランス記者・小野ヒデコ)
※AERA 2025年4月7日号