
最初は5年ほどで売却するつもりだった。その間に屋根の修繕をした。かかった費用は400万円ほど。洗面台などの水回りも新調した。屋根ほどではなかったが、それなりに費用はかかった。修繕は最低限にとどめたが、家がよみがえるような気がして嬉しかった。
そんなAさんの心境にも変化が訪れ始めた。
「おしゃれだった母がたくさんの洋服を、本が大好きだった父はたくさんの書物を残して、死んでいって……。あの世には何も持っていけない。モノに執着することの愚かさが年々身に染みてくる。実家に執着している自分もやっぱり愚かなのかなと感じています。いい思い出を反芻できたので、少しずつその執着を薄くする方向に向けられたらと思っています」
悲しさや寂しさといった感情を手放し、温かい気持ちになれる懐かしさだけを残して、前を向いて残りの人生を歩けたらと。この8年間で悲しい気持ちは落ち着いたという。「いいレッスン」になったと感じている。先のことはわからないが、もしどこかのタイミングで売却するとなってもそれはそれでいいと考えるようになった。
売らなければならない理由があった
一方で、すぐに売却してしまい後悔する人も多い。ある60代の女性は、埼玉県で母が一人暮らしをしていた実家を、介護が本格化したタイミングで売却した。介護費用が介護保険で賄える限度額をオーバーし、自費負担が大きくなったからだ。
「最後の日。何もなくなった室内に立った時、両親と過ごした日々を思い出し、涙が溢れてきました。売らなければ良かったと悔やみました。でもあの時は売らなければならない理由があったから……仕方なかった」
別の60代の女性は、不動産業者3社から見積もりを取り納得したうえで売却したつもりだった。だが、更地になった実家の跡地を見るたびに後悔の念に苛まれているという。
「不動産会社に相談をした時点で『売却』か『賃貸』という選択肢になる。もっと広い選択肢を持っている第三者的な立場の相談窓口があればよかった」