
生まれ育った実家を出て家庭を築く。実家には親が残る。親も家も「元気」であれば問題ないが、親も家も老いる。親の死後は、老いた家に相続がからむ。よく聞くのが「老朽家した家は、売れるうちに売っておくべし」というものだ。しかし、本当だろうか。
不動産会社に相談すると、たいていは売却へと話が進む。そのまま売却すれば、心理的にも経済的にも負担は減る。でも心のどこかで「これで良かったのかな」と感じてしまう人も多い。
実家は、生まれ育った家族にとっては単なる箱でも不動産でもなく、思い出のつまったかけがえのないものだ。空き家となった実家を相続した場合、選択肢は主に「売却する」「賃貸に出す」「自分が住む」の3つだ。
だが、その3つをすぐに選ばず、実家と向き合い続けた人もいる。
都内在住の50代の女性Aさんは2016年に両親を相次いで亡くした。母を看取った2週間後に父が逝った。きょうだいは兄がひとり。Aさんにも兄にも家庭があり持ち家だ。空き家となった千葉県の実家に住む予定はなかった。
それでも2人は実家を売らず、賃貸にも出さなかった。庭には桜、ミカン、藤、ツツジ、ハナミズキ、薔薇、紫陽花、金木犀、椿が植えられている。
「母を楽しませるために年中花が咲くよう、父が樹木を選んで植えていたことに兄が気づいたんです」
ホッとした気持ちになる
いつもキッチンに立っていた母が窓から見渡せるように、多くの木々は植えられていた。父の思いがにじみ出ていた。木々は今も毎年花を咲かせる。そんな家を売る気にはなれなかった。電車を乗り継いで1時間くらいかかるが、Aさんは実家に行くたびにホッとした気持ちになるという。
「元気でやっているからね」
こう話しかけて、懐かしい感情に包まれる。
「家が仏壇代わりかな」