あれから20年。10時間20分に及ぶ1月27~28日のフジの記者会見で、つめかけた191媒体437人の記者たちが相次いで問いただしたのは「なぜここに日枝がいないのか」だった。日枝は1988年に社長に就任して以来、37年もの長き間フジに君臨してきた帝王である。2017年以降、持ち株会社のフジ・メディア・ホールディングスとフジの取締役相談役に就き、一線を退いたかに見えるが、依然として権力の源泉である人事権を手放さない。
それは2、3年おきに代わる社長や会長人事を見れば明らかであろう。気に入らなければすげ替える。社長といっても日枝の前では部長のようなものである。かくして日枝とほかの役員との間の差は広がるばかり。一方、論功行賞は明確で、ライブドアを征伐した宮内は後に社長に抜擢された。ライブドアとの和解交渉をまとめた飯島一暢も長くサンケイビル社長として遇されている。視聴率競争で負け続け、往時の勢いがないフジは、いまや都市開発・観光事業など不動産関連収入がドル箱。その立役者が飯島である。
鉄壁の統制に揺らぎ?
辞意を漏らす“弱虫”に対し、「戦わずして辞めるのか」とすごんだ日枝だったが、フジ社長の港浩一、会長の嘉納修治は記者会見の席上、辞任を表明した。さらに副会長の遠藤龍之介も辞意を漏らし、それに続いている。日枝の意に反し、鉄壁の統制が揺らいでいるのかもしれない。
もっとも日枝自身は、読売新聞グループに君臨してきた渡辺恒雄同様、自ら進んで辞める気はなさそうだ。人の噂も七十五日。時の経過とともに世間は忘れる。「あの人は絶対に辞めないでしょう」。逮捕されたライブドア元幹部はそう見る。となると、かつて鹿内家が放逐されたようにクーデターによる強制退場というシナリオが想起されるが、はたしていまのフジにそれをやり抜く胆力のある人物がどれだけいることか。
フジの異例の記者会見が終わった1月28日未明、報道局編集長の平松秀敏は同社の番組に出演し、「フジテレビの自業自得です」と指摘した。平松は警視庁キャップや司法クラブのキャップ、社会部デスクを歴任した敏腕記者である。彼は番組の中で、女性への性加害が疑われる中居正広を起用し続けた点を問題視したものの、日枝の長期支配がもたらした弊害については言及しなかった。
小宮は、テレビの画面越しとはいえ、久しぶりに平松に再会し、あのときのことを思い出した。
そう平松は、あのときの記者の一人だった。(敬称略)(朝日新聞社・大鹿靖明)
※AERA 2025年2月10日号
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