英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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英総選挙の党首討論での一幕だ。今号の発売週には新首相になるだろう労働党のスターマー党首に、観衆の若者が尋ねた。
「弁護士や検察の公訴局長だった頃のあなたは、人々のことをよく理解していたので感心していました。でも、今のあなたは政治ロボットのようです。どうやって僕のような人間をあなたに投票させるよう説得しますか」
スターマー党首も観衆も笑っていた。が、回答はやはり政治ロボットのようにはっきりしないものだった。
18歳の息子や友人たちは、今回の総選挙で初めて投票する。彼ら「Z世代」の話を聞いていると、労働党に入れるという声は驚くほど少ない。自由民主党と緑の党が人気のようだ。
YouGovが行った6月の調査では、18歳から24歳までの層で労働党に入れると答えたのは43%。昨年10月は78%だったので、総選挙前になぜか落ちている。
Z世代と言えば、気候変動や環境問題に強い関心を持っていると思われがちだ。が、ニュー・ステイツマン誌の若きエディター、ニコラス・ハリスはこんなことを書いている。
「今日、若者たちを圧倒的に動員できる最重要な政治イシューは住宅問題だ」
周囲の10代を見ても、これには頷いてしまう。ロンドンの大学寮は最も安い家賃で月額1千ポンド(約20万円)はするという。18歳が最初にぶちあたる壁は、「払える家賃の部屋はあるのか」という問題なのだ。
労働党は手頃な住宅の提供を訴えてきたが、財政規律の重要性ばかり強調する選挙運動になり、すっかり脇に追いやられてしまった。新政権が誕生しても、若者たちの足元の問題を解決できなければ、彼らの政治への失望はますます高まるだろう。
昨年、アイルランドのダブリンで起きた反移民の暴動も、国内での住宅問題の深刻化が背景にあったと言われる。英国でも、18歳から24歳の層で、極右勢力のリフォームUK(旧称ブレグジット党)が前述の調査で11%の支持を集め、5%の与党保守党を抜いた。今回の選挙は、表面的にはシンプルな結果になるだろう。が、最も若い有権者の層は、大人とは違う、複雑な投票傾向を示しそうだ。
※AERA 2024年7月8日号