『四つの白昼夢』 篠田節子 著
朝日新聞出版より7月5日発売予定
二〇二四年初夏の現在、東京の街を歩く人の半数以上はマスクをしておらず、特に若者の多くはのびやかに顔をさらしている。コロナ禍の真っ只中に「マスクで顔を隠すことの安心感を覚えた若者は、もはやコロナが終わってもマスクを手放すことはないだろう」という言説がまことしやかに流れたが、その予想は見事に外れた。
とはいえ、マスクで顔を隠すことも隠さないことも同調圧力という同じ理由なのかもしれず、コロナ禍によって私たちの心性は変わったのか、それとも変わらなかったのか、
今一度、立ち止まって考えてみたくなる。
そんな問いに大きなヒントを与えてくれるのが、篠田節子著『四つの白昼夢』である。
四つの中編が収められたこの作品は、コロナ禍が始まりやがて終息を迎える時代を背景に、ごく普通の人たちが暮らしのなかで遭遇したちょっと不思議な出来事が描かれている。どの作品にも謎解きの面白さがあり、ホラー、幻想、ぴりっとしたユーモアが盛り込まれ、最後にはこちらの思い込みを気持ちよくひっくり返してくれる結末が用意されている。
読者は一編ずつ読み終えるたび、鮮やかな白昼夢を見た後のように、目の前の風景や出来事がさっきまでとは少し違って見えるようになるだろう。そして、「××さんはこういう人である」と思い込んでいたあの人やこの人のことをふと思い出し、もしかしたら違う見方もできるかもしれないと、彼らとの過去に思いを馳せることもあるかもしれない。
巻頭の「屋根裏の散歩者」は、郊外にある自然通風の家に引っ越した三十代の夫婦が、夜になると天井から聞こえる物音に悩まされ、その音の正体に驚く話である。コロナ禍をきっかけに都心のマンションから郊外の一軒家に引っ越す人が増えたといわれているが、ここで描かれている、敷地で見つけた蕗や山椒やラズベリーを摘んでおいしくいただく生活は、たとえ音に悩まされていてもうらやましいと思うのは私だけだろうか。