ウェブメディアは新聞、テレビ、ラジオ、雑誌をしのぐほどの大きなメディアになった(写真:iStock / Getty Images Plus)
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 栄枯盛衰が激しいウェブメディア。浮き沈みのエピソードは事欠かないが、成長するメディアは何が違うのか。AERA 2024年6月24日号より。

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今田素子さん(いまだ・もとこ)/2023年に台湾最大規模のメディア企業と経営統合。TNLメディアジーンを共同創業し、COO・社長に就任(写真:本人提供)

 インターネットを主戦場に、ウェブメディアは新聞、テレビ、ラジオ、雑誌をしのぐほどの大きなメディアになった。

「まだウェブメディアに広告を出すビジネスモデルが確立してなくて、雑誌を出しながらの試行錯誤でした」

 こう振り返るのは、ウェブメディア運営で知られる「メディアジーン」(東京)代表取締役CEOの今田素子さん。1994年に雑誌「WIRED」日本版を立ち上げ、ネットの黎明期から「ギズモード・ジャパン」など今も人気のサイトを手掛けるウェブメディアの先駆者だ。

 国内最大級のニュースプラットフォーム「Yahoo!ニュース」が誕生したのは96年。2年後の98年、今田さんはメディアジーン(旧インフォバーン)を創業。当時、ウェブメディアに広告を出すビジネスモデルは確立していなかった。だが「視聴者がいればビジネスが動く」と確信し、雑誌を出しながらメールマガジンの会員化や、ウェブサイトで情報を出すことで課金できないか試行錯誤を続けた。

「ブログ」の誕生

 そのころ米国で誕生したのが「ブログ」だった。読み手が書き手にもなれる画期的なこのツールは、2000年代に入り一気に普及した。そんななか今田さんは06年、テクノロジーやガジェット(小型の電子機器)に関するニュースを扱うブログメディアとして台頭してきていた米国の「ギズモード」のライセンスを取得し「ギズモード・ジャパン」を設立した。そこで初めて、ウェブメディアでビジネスができると実感した、という。

「サイトを見たクライアントが、テクノロジーやガジェットが好きな人がこんなにいるのなら、自分たちのプロダクト(製品)の宣伝をしたいと広告を出してくれるようになり、収益化できるようになりました」

 横展開すればビジネスを成立させられる。確信した今田さんは07年、雑誌部門を事業譲渡し、完全にデジタルにシフトした。今ではミレニアル世代のビジネスパーソンを主要ターゲットにした「BUSINESS INSIDER JAPAN」など、グローバルブランドの日本版を中心に14のメディアブランドを運営する。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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