橋本治の『いつまでも若いと思うなよ』は、いわば老人入門の書だ。雑誌に連載されていたときのタイトルは「年を取る」だった。昭和23年に東京に生まれ、若い頃から多彩な執筆活動を行ってきた橋本がいかに「老い」と向きあってきたのか、自身の体験をもとに子細に綴ってある。
イラストレーターになりたいという10代の頃の夢を20歳過ぎでかなえてしまった橋本は、絵の実力がないことを自覚していたから困惑した。そこで憧れの四世鶴屋南北に倣い、実力を蓄えて〈五十でデビューして、七十五くらいまでエネルギッシュに働き続ける〉ことをめざした。実際はもっと早くに作家として注目され、その後は怒濤の勢いで作品を書きつづけてきた。そうなる背景には、バブル時に背負った2億円近いローンがあった。
こうして貧苦を味わいつつ橋本が最初に老いを感じたのは40歳の頃、老眼だった。そして62歳の夏、何万人に一人の難病を患ってしまう。ここからはじまる病苦の記述は、冗舌体の私小説としても堪能できる。淡々飄々と書かれているのだが、表現の力によって橋本の病変がこちらの身に迫ってくるのだ。だから、これらの体験をとおして抽出される「老い」への考察も現在55歳の私の骨身に染みいり、つい何枚もの付箋を紙面に貼ってしまった。たとえば──
〈誰もが「自分の老い」に対してアマチュアだというのは、老いを迎えた人の頭の中に「若い時の経験」しかないからです。「以前はこうだったから」と思っていても、体の方はもう「以前」とは違っているので、自分自身の経験値のモノサシが役に立ちません。「あれ?へんだ──」と思って、自分のそのモノサシを作り直すのが「老いの発見」なんだと思います〉
一人一生だから、うまく老いるのは難しい。橋本にしても、まだ「老いの発見」の途上にいる。後につづく私は、この指南書を参考に老いていく。
※週刊朝日 2015年12月25日号