作家は山谷に1年間通い、ボランティアに参加して聞き取りを重ねたという。作品では、高齢化する住民たちの波乱万丈悲喜交々(こもごも)の物語が、まるで絵本のようなカラフルな色彩で綴られていく。声高な政治的主張はない。しかしそこに、芸術の森と貧民街が隣接する東京という都市への鋭い批判があることは明らかだ。

 現代美術に限らず、近年は文化やスポーツと政治の関係にみな敏感になった。クリエイターが政治的な意思表明をするのも当たり前になった。

 それ自体は歓迎すべきことだが、意思表明だけならだれでもできる。個人的には、美術でしか表現できない繊細な政治性を求めたい。弓指の作品はそれを考えるヒントになる。

AERA 2024年4月1日号

著者プロフィールを見る
東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

東浩紀の記事一覧はこちら