エッセイスト 小島慶子

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復してきた小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 埴輪(はにわ)は好きですか。興味はなくても、写真で見たことはありますよね。なぜ埴輪は、あの素朴な見た目なのでしょう。日本各地から出土していますが、ユーモラスな感じは共通しています。それってちょっと不思議じゃないですか。

 子どもの頃、埴輪を見て「昔の人は今の人ほど進歩していなかったから、上手に作れなかったんだな」と思いました。なんとなくそのままの気持ちで埴輪を眺めてきましたが、昨年、博物館で藤ノ木古墳の副葬品を見たときに疑問が芽生えました。副葬品は、精緻で洗練された馬具や鏡、装飾品など、当時の日本に高い技術を持った人々がいたことを窺わせます。繊細な装飾が施された金色の馬具の横には、同じ時代の埴輪が並んでいます。作風があまりにも違いすぎる! 朝鮮半島から次々と先端技術を持つ人々がやってきていたのですから、豪族たちは高度な技を目にしていたはずです。きっと埴輪だって人物像や動物などの細部を作り込んで写実性の高いものにできたはずでは。もしかして、あえてキャラクターっぽい作風にしているのか? 別の史跡で学芸員さんに尋ねてみたところ、なぜ埴輪があのような作風なのか、理由ははっきりわかっていないようです。

和歌山県岩橋千塚古墳群の、翼を広げた鳥形埴輪(本人提供)

 埴輪の表現は簡素で、今でいうところのゆるキャラっぽい味わいがあります。埴輪作りを専門とする職人集団がいたようですが、誰か自分の個性を打ち出して写実的な傑作を作ろうという人はいなかったのか。あの作風は規格だったのかもしれません。いわば、人や馬や鳥や家を表す記号なのかも。そう思って眺めると、むしろ高度に意匠化されたとっても現代的な表現にも見えてきます。

 真新しい古墳の上に埴輪の並ぶ様はどんなだったでしょう。彩色もされていたでしょうから、壮観だったろうな。古代妄想はどこまでも広がります。

AERA 2024年3月25日号

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小島慶子

小島慶子

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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