「そういう知識を持っておくことは重要だと思いますが、『住民税非課税』を狙って是が非でもそこへ持っていこうとする言説があります」
三宅さんによると、受給するのを早めたり遅らせたりする「繰り上げ・繰り下げ」の制度を使うのだという。繰り上げすれば早くもらう分年金額は減り、繰り下げすれば逆に遅くもらう分年金額は増える。
減らすと得 増やすと損
「年金額が少ない人には『繰り下げ』をして211万円近くまで年金を増やすのが得策とし、年金額が多い人には逆に繰り上げをして年金額を211万円より少なくして住民税非課税になることを勧めるのです」
後段の繰り上げを利用した策こそ、冒頭で述べた収入の少ない仕事を選ぶケースである。いわば「減収」のすすめだ。
一方、「211万円の壁」を超えて年金額を増やそうとする人には、今度は「増やすと損」とする言説が出てくる。繰り下げを検討する人に向けて、こう言うのである。
「年金は増えるけど、税金や社会保険料も高くなるから思っているほど年金は増えませんよ。損するだけだからやめたほうがいい」
どちらにも共通するのは、「税金や社会保険料を支払うのは嫌」とする考え方である。確かに負担は増えないが、こうした言説、どう見ればいいのか。
さまざまなリスク
ルール違反は何一つ犯していない。ただし、「とはいえ~」と言うのは老後資金に詳しいファイナンシャル・プランナー(FP)の井戸美枝さんだ。
「『211万円』は、本来は所得が低くて困っている人のための仕組みでしょ。それをわざわざ使うこと自体がいかがなものかと思いますね」
井戸さんによると、繰り上げをしてまで非課税になることはマネープラン上もすすめられないという。
「年金を減らして当初は税金や社会保険料が安くなったとしても、いざという時にどうするのでしょう。本当にお金が必要になった時は、もう働いて稼げる方法はないのです。やはり老後の後半に備えて給付は手厚くしておいた方がいい」
先の三宅さんは、制度自体が変わってしまう可能性を指摘する。
「基準は情勢次第で変わる可能性があります。住民税の課税対象者を増やす動きが出てこないとも限りませんから。それに最近はインフレ傾向なので、繰り上げして211万円以内に収まっていても、毎年の改定ですぐ211万円を超えてしまう可能性もありますよ」
(編集部・首藤由之)
※AERA 2024年3月18日号より抜粋