蹴鞠は、約1400年前に中国から伝わったとされる球戯の一種。現在も各地の神社などで奉納蹴鞠が行われている

 2月18日に放送された「光る君へ」第7話では、藤原道長(柄本佑)らが、ポロに似た球技の打きゅうに興じ、まひろ(吉高由里子)や、後に道長の嫡妻となる源倫子(黒木華)らがそれを見物する、という場面が描かれた。2月25日に放送予定の第8話は、その打きゅうの後日談が展開されるようだ。

 実際、平安貴族たちは雅なスポーツやゲームを通じて、交流を深めていた。『出来事と文化が同時にわかる 平安時代』(監修 伊藤賀一/編集 かみゆ歴史編集部)は1章を割いて、平安貴族たちの暮らしについて解説している。今回は彼らの「遊び」について、この本を引用する形でリポートしたい。

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碁は平安時代には貴族のたしなみとされた。『源氏物語』だけではなく『枕草子』にも、碁についての記述がある

 双六はサイコロを使って二人で遊ぶボードゲームで、出たサイコロの目の数だけ駒を進め、先に敵陣に送り終えたほうが勝ちだった。あまりのブームに一時期は禁止令が出たほどだったという。ただゲームをするだけでなく、物を賭けたり、負けたほうに罰ゲームを課したりと、賭博要素を加えてスリルも楽しんでいた。テーマを決めて歌を詠み合う「歌合(うたあわせ)」といった文化的なゲームも盛んだった。

管弦や舞楽は遊びではあったが、重要な儀式でも行われることから、平安貴族の教養としてもてはやされた

 また、当時は単に「遊び」というと管弦(楽器)のことを指した。横笛や太鼓、琵琶など、現代でも演奏されている和楽器が愛好された。和琴(わごん)や笙(しょう)などを披露する楽器の演奏のほか、音に合わせて舞を舞う「舞楽(ぶがく)」も行われた。

 サッカーのリフティングのように、ボールを地面に落とさないようパスし合う球技「蹴鞠(けまり)」をはじめ、体を動かす遊びも好まれた。蹴鞠は男性貴族の間で大流行。リフティングをしながら寺院の欄干を渡る名人もいたそうだ。その他に、いまでいう射撃のような「競射(きょうしゃ)」や「鷹(たか)狩り」など、武芸も発展した。

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清水寺や石山寺への「物詣」が人気