さまざまなシナリオ
仮に、管制からは停止位置まで進む指示しかなかったのに、機長が誤認したとして、その後もエラーが見過ごされた過程には、いろいろなシナリオが考えられる。
そこで注目されるのがコックピット内のクルー・リソース・マネジメント(CRM)がうまく機能していたかどうかだ。
民間航空輸送が始まった当初、1950年代の世界初のジェット旅客機コメットの連続空中分解事故など、機体そのものの欠陥や故障による事故が多発した。
設計や材料の進歩で故障が起きにくくなるとともに、同じ機能を持つ装置を3個積んで1個が狂っても多数決で決めたり、4基のエンジンのうち2基が止まっても無事に飛行、着陸ができるようにしたりと二重三重のフェールセーフ機能も持たせた。こうして、自動車より安全な乗り物とされるようになった。だが、そんな中、事故の発生率が下げ止まってしまった。人間が関わるヒューマンエラーによる事故が減らず、事故全体に占める比率が大きくなった。
そこで1970年代に米航空宇宙局と米航空会社がCRMを開発し、パイロット訓練の理論として導入された。コックピット内の意思疎通を円滑にし、計器類や管制官からの情報、乗務員同士の助言などのリソース(資源)を有効利用するものだ。最初はCはコックピットの略だったが、後に客室乗務員との連携まで広がった。
日本の民間航空会社でも1980年代、大型旅客機のコックピットが航空機関士のいる3人体制から機長、副操縦士の2人体制に変わるのに伴い導入された。日本航空広報によると、同社の運航乗務員、客室乗務員は昇格訓練の時などに必ずCRMに関する訓練を受けるほか、年1度の定期訓練を実施しているという。
海上保安庁では、1987年に福岡航空基地所属の航空機が墜落し、5人が死亡した事故を契機にCRM訓練が導入されている。また、2010年の第6管区海上保安本部広島航空基地のヘリコプター墜落事故を受け、さらにCRM訓練を充実強化し、全航空機職員に対するCRMの定着化を図ったという(政策評価広報室)。
機械やソフトの場合、同じ機能を受け持つ物を二重三重にするほどエラーが見逃される確率が減る。だが、人間の場合、似たような任務を果たす者が複数いると、かえって、野球で外野がお見合いをしてイージーフライを落とすようなエラーが起きやすくなることがある。そういったヒューマンエラーの穴をふさぐため、CRMでは、コックピット内のコミュニケーション、関係性が重視される。