『老いの失敗学――80歳からの人生をそれなりに楽しむ』
朝日新書より発売中
八十歳を過ぎてから初めて、手術と入院治療というのを経験しました。長く生きていたら誰の身にも起こるふつうのことかもしれませんが、これまでこういうものと縁なく過ごしてきたので、自分にとってはまったくの想定外の出来事のように思いました。
最近はこのように、これまで経験したことのない、未知の体験をする機会が増えています。また、これまで当たり前にできていたことに苦労したり、できなくなったりということも増えました。歩く速度が遅くなった、言いたい言葉が出てこない、思い違いや忘れ物をよくするなどなど。なるほどこれが老いるということなのかと実感しています。
こんなふうに老いによる問題が生じている状態は、私が長年研究してきた失敗にどことなく似ていることに気付きました。
人はそれまで経験したことのない、未知の問題に取り組むとき十中八九失敗します。いわゆる初心者の失敗です。うまくやるためのやり方もコツもわからないのですから、これは当然です。ただし、そんな思いをする機会がこの歳になってから増えることは思いもよりませんでした。
もちろん、失敗は上手にやるコツをつかんでからも当たり前のように起こります。ベテランの失敗です。こちらは単なる不注意に加えて、手抜き、インチキなどが原因になることが多いようです。なんでもそうですが、熟達してくると「効率化」と称して、定められた手順を踏まない、ショートカットという手抜きを覚えます。その状態でふだんと違う、注意力や慎重さに欠いた行動をしたときに、ミスやトラブルなどを招きやすいのです。
後者の失敗は、経年劣化が原因になることもあります。典型的なのは、機械やシステムが、機能の衰えや、ニーズの変化などからうまく動かなくなるケースです。じつは経年劣化は人にも起こります。やはり機能の衰えやニーズの変化などから、これまでできていたことができなくなったり、注意力や慎重さに欠けた行動をして、うっかりミスから失敗を誘発したりするパターンです。まさしく老いて様々なミスをするようになった、いまの私の状態そのものです。