『Wild Tales : A Rock & Roll Life』By Graham Nash
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『ワイルド・テイルズ:ア・ロック&ロール・ライフ』グレアム・ナッシュ著

●第6章より抜粋

 ロンドンに戻ると、すべてが変わっていた。何よりもまず、自分自身の考え方が一変し、まったく新しい視点で人生を見つめはじめた。私は、ポール(・サイモン)、キャス(・エリオット)、クロズ(デイヴィッド・クロスビー)と出会い、視野を広げた。ホリーズのメンバーを愛していたが、彼らは……甘んじていた。つまり、私たちが扱うテーマに満足し、幸せで溌剌としたポップ・スターの役割を演じることに感謝し、イギリス北部の地域性を心地よく感じて、甘んじていた。彼らは、すでに手に入れたもの以上に何も求めなかった。

 だが私は、貪欲になりつつあった。アメリカでの思いがけない出会いによって刺激を受け、俄然その気になった。マリファナが、大きな影響を及ぼし、異次元の好奇心をかき立てた。一方、ホリーズのメンバーは、断固としてパブに通い、一晩に8パイントのビールを飲んで上機嫌になる連中だった。私は、彼らとの間に徐々に溝ができはじめているような気がした。
 
 バンドとしての活動は、きわめて順調だった。帰国した直後には、『サンデー・ナイト・アット・ザ・ロンドン・パラディアム』への出演が決まった。それは、イギリスで絶大な人気を誇るテレビ番組で、アメリカの『エド・サリヴァン・ショー』のように、オペラ歌手やロックンロールのグループから、コメディアン、曲芸師、腹話術師や≪ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン≫に合わせて吠える犬まで登場するショーだった。“ビートルマニア”という言葉は、その番組に由来し、メンバーはみんな、音楽活動を行う上での影響力の大きさがわかっていた。

 だが信じられないことに、ベース奏者のエリック・ヘイドックは、出演したがらなかった。彼は、アメリカ・ツアーに出た結果、神経衰弱にかかったと言い張った。何が神経衰弱だ、ばかばかしい! 私たちは、イギリス北部で生まれ育った労働者だ。アメリカ・ツアーなど、保養休暇も同然だった。彼は実際、マンチェスターに残してきた恋人パムと過ごしたくて、言い逃れをしていた。エリックは、パラディアムで演奏することをきっぱりと断り、私たちと絶交した。

 それは、ショック以外の何物でもなかった。あまりにも唐突な話に、困惑した。ベース奏者の穴を埋められるかどうか、まったくわからなかった。さいわい私たちは、クラウス・ブーアマンをよく知っていた。彼はその年、ビートルズのアルバム『リヴォルヴァー』の独創的なジャケットをデザインしたが、ベース奏者としても、ずば抜けていた。土壇場になって、彼が快く、演奏に加わることを引き受けてくれた。したがって、ホリーズは予定通り、パラディアムのショーに出演することになった。

 その日曜日――1966年5月15日、メイン・ゲストは、ピート・シーガーだった。私は、彼のステージを楽しみにしていた。私たちは、4時ごろサウンドチェックを終えて、舞台の袖をうろつき、ピートが出てくるのを待っていた。その時、舞台裏で電話が鳴った。ホリーズのロード・マネージャー、ロッド・シールズが、電話に出た。
「はい……はい……彼はここにいます。お待ちください」
 ロッドは、受話器の話し口を手で覆ったまま振って、私に合図した。「グレアム、フィル・エヴァリーだ」
 馬鹿野郎、騙されるもんか! 彼は、エヴァリーズに対する私の思い入れを知っていた。
「おい、邪魔するな。ロッド、今そういうマネをするなよ」
「いや、本当に、フィル・エヴァリーだ」
 私は、作り笑いを浮かべて、彼をからかうことにした。そして、電話をとり、
「ナッシュです」と言った。
「やあ、グレアム。フィルだ」。その声を聞けば、いやでもわかった。優雅なケンタッキー訛りの聴きなれた声だった。
「こんにちは、夢みたいだ。フィル、ご用件はなんでしょう?」
「ドンと俺は今、ロンドンにいるんだ。イギリスでアルバムを作るんだよ。で、ちょっと訊くが、ホリーズがまだ吹き込んでない曲は、何かあるかい?」
 アラン、トニーとボビーが、事情を知って、私を取り囲み、聞き耳を立てる中、私は、話を続けた。
「どちらに滞在されているんですか? ああ、リッツですね。それで、いつ伺えばいいんでしょうか? ショーの後、すぐですか? わかりました。では、後ほど」

 いやはや、エヴァリー・ブラザーズから声がかかるとは! 私はパラディアムのショーの間、夢遊病患者のような状態だったにちがいない。私たちは、ヒット曲、≪ステューボール≫と≪ヴェリー・ラスト・デイ≫を演奏した。それは、すばらしくも、あっけないショーだった。だが私は、演奏中ずっと、リッツのスイートを思い浮かべていた。エヴァリー・ブラザーズが待っていることを知りながら、演奏に集中できるわけがなかった。彼らは、私のヒーローだった。
 私は、彼らのレコードから歌い方を学んでいた。彼らの音楽を聴いて、ハーモニーを理解し、愛するようになったのだ。出番が終わると、アラン、トニー、ボビーと私は、ギターをひっつかみ、リッツに直行した。

 私が彼らの部屋をノックすると、ドアは数秒で開き、フィル・エヴァリーが現れた。彼が、私たちを中へ入れた。そこには、ドンもいた。ギブソンのアコースティック・ギターが2本、椅子の両側に立てかけられていた。すべてが、夢のような光景だった。私は、何とかして冷静になろうと思ったが、とうてい無理な話だった。エヴァリー・ブラザーズが、豪華なリッツのスイートで、私たちの歌を聴きたがっている……私のいまいましい頭が、くらくらしていた。

『Wild Tales : A Rock & Roll Life』By Graham Nash
訳:中山啓子
[次回9/7(月)更新予定]

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