翻って日本ではどうか。朝鮮戦争の犠牲者は民間人含め数百万ともいわれる。
占領下の日本は後方基地の役割を果たした。機雷掃海にも協力した。米軍は日本から戦地に渡った。国内政治への影響も大きかった。警察予備隊が作られ9条が骨抜きになった。他方で特需が復興を後押しした。平和憲法制定後わずか数年で訪れた突然の路線変更は、日本の民主主義を大きく歪ませ、負の遺産はいまも残っている。にもかかわらず、いま朝鮮戦争が話題となることはほとんどない。隣国が焦土となり、核使用まで検討された大戦争だったというのに、多くのひとは年表の一項目ていどにしか記憶していない。
戦争はよくない。しかし戦争の存在を忘れるのはもっとよくない。
韓国は上記の国連平和記念館の隣に、翌2015年に「国立日帝強制動員歴史館」を開設している。韓国の「反日教育」に反発する保守の話はよく聞く。批判に頷けるところもある。とはいえ、そもそも日本はどれだけ自らの近現代史に向きあっているだろうか。釜山の丘を歩きながら、彼我の歴史への態度の差異について考えざるをえなかった。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2023年10月9日号