神奈川県内で低出生体重児を育てる家族のサークル「pena」さんの日本外来小児科学会での展示ブース。Penaにはハワイ語で絵の具という意味があるそうです(写真/pena提供)
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「インクルーシブ」「インクルージョン」という言葉を知っていますか? 障害や多様性を排除するのではなく、「共生していく」という意味です。自身も障害のある子どもを持ち、滞在先のハワイでインクルーシブ教育に出合った江利川ちひろさんが、インクルーシブ教育の大切さや日本での課題を伝えます。

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 9月初めに、第32回日本外来小児科学会に出席しました。他の仕事との兼ね合いで1日のみの参加となってしまったのですが、最先端の治療やワクチンや療育に関することなど、さまざまな領域で貴重な学びがたくさんありました。 

 パネル発表の場のにぎやかさや、シンポジウム会場のアカデミック感や、久々に会えた方と話す楽しいひとときなど、分野を問わずどの学会にも共通する独特な雰囲気があり、私はその空気がとても好きです。今回は、学会のことについて書いてみようと思います。

初めての泊りがけ出張

 初めて学会で発表したのは、2017年の日本特殊教育学会でした。かるがもCPキッズが任意団体からNPO法人化した翌月で、私はまだ何の資格もない「障害児を育てる母親」として話題提供をしました。会場は名古屋で、発表するシンポジウムのチームをまとめていたやすこ教授と初の「泊まりがけの出張」です。何もかも初めてのことで、人前で話すことにも慣れておらず、今では笑い話ですが、やすこ先生にご教示頂きながら一語一句すべてを原稿にし、さらにそれを暗記して話すという地道な練習を繰り返し、直前には小児科医の友人あーちゃんと公認心理師の友人マリちゃんの前で模擬発表までして準備を重ねました。

 前日にやすこ先生と名古屋入りしたのですが、広い会場を見て「ここで発表するのか」と舞い上がり、同時にきちんと話せるのか不安になりました。シンポジウムのチームは関東以外から参加された先生も複数いたので、最終の打ち合わせをしたり、空いた時間に興味のあるシンポジウムを拝聴したり展示を見たりしているうちに、「学ぶこと」にどんどん引き込まれていき、先生方との雑談まで書き留めてしまうほど、この独特な雰囲気がとても魅力的な世界に感じました。

15分間の学会発表で

 当日の会場はほぼ満席でした。前日に会場を見た時以上に緊張してしまった私に、ある教授が「1回終わると病みつきになるわよ~」と言ってくださったり、やすこ先生に「もし発表中に頭が真っ白になったら、助けるから私の顔を見てね」と言われたり、マリちゃんが良いタイミングで励ましのメールを送ってくれたりと、周りに支えられながら何とか15分間の発表を終えました。

 子どもたちが生まれた時のこと、就園先を必死に探した頃のこと、絶望の中、ハワイへ行くしかなかったこと、ハワイで出会ったソーシャルワーカーのこと、かるがもCPキッズができるまでのこと……と、私はこのシンポジウムでインクルーシブ教育の重要性を訴えたはずでしたが、指定討論者の教授からの質問は、ハワイのソーシャルワーカーやシステムについてのことでした。ハワイではソーシャルワーカーという地位がしっかり確立されており、保護者と主治医と学校の間に入り、カルテを共有しながら生活全般に「家族支援」として寄り添ってくれます。このシステムが日本にあれば、障害のある子どもを育てる家族の孤立は減ると思うと話すと、多くの参加者がうなづいてくださいました。

「ただの母親なのに、こんなに偉そうなことを言って良いのかな?」と思いながらも「これを伝えられるのは、当事者である私しかいないのかもしれない」という気持ちも混ざり、この学会がこの先の自分の方向性を決めるきっかけとなりました。そして、以前からぼんやりと考えていた大学で学んで社会福祉士の資格を取得してソーシャルワーカーになる決断をしました。初の学会発表という忘れられない日は、現在の私の原点なのです。

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江利川ちひろ

江利川ちひろ

江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ。

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