会社員時代からナレーション技術に定評があった堀井さんは、ライフワークとして朗読会を始めました。その3回目が、故郷の秋田で行われたわけです。しかも、キャパシティー800人の会場は満杯。これこそが「故郷に錦」と言えるでしょう。
いま思えば、18歳はまだまだ子ども。都会に子を送り出す親の気持ちを考えると、簡単なことではなかったと思います。就職で地元に帰ってきてほしかったかもしれません。
故郷が遠方にある友人は、老いていく親を訪れるたび、あと何回会えるだろうと考えてしまうと言っていました。「東京に出てくる」って、あの時の選択は正しかったのかと生涯自問することなのでしょう。
朗読会当日、秋田は堀井さんの凱旋を祝うような晴天。作品は、作家三浦綾子の長編小説「母」。小林多喜二の母セキによる、全編秋田弁の語りです。堀井さんは語りをほとんど暗記し、全身全霊で伝えてきました。普段はあんなにふざけているのに、やるときはやりすぎる女。
堀井さん、18歳のうら若きあなたの選択は正しかった。故郷から飛び出して、こんなに大きくなって帰ってきたんだもの。これから何十年もかけて、晩年のセキさんの語りを育てていくのでしょう。まるで、森光子さんのでんぐり返しだね! がんばれ~!
○じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中
※AERA 2023年9月11日号