協定について市は、「両公園の提携は、過去の悲しみを耐えて憎しみを乗り越え、未来志向で平和と和解の架け橋の役割を果たしていく」としている。「和解」と「未来志向」。市長の松井一實が常日頃強調してきたことだ。

 だが元広島市長の平岡敬(95)は、和解には条件があるという。一つは原爆投下の謝罪。次に補償。そして再発防止。それらを無視して和解はない、と。

「しかし未来志向と言いだした。つまり原爆のことをいつまでも言うなということ。ウクライナ戦争では劣化ウラン弾やクラスター爆弾の供与など戦争の質が変わってきた。別のレベルに行く可能性もある。そんな中での動き。広島の声が邪魔なんでしょうね」

 平岡の言うように、今年に入ってだけでも、広島を巡って不可解なニュースが相次いでいる。マンガ『はだしのゲン』や「第五福竜丸」の記述が、広島市教育委員会制作の副教材「ひろしま平和ノート」から削除。理由は判然としない。5月の「G7広島サミット」で発出された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」では核抑止力を肯定。そんな矢先に、突然の協定締結。

 経緯を辿ると、4月に在大阪・神戸米国総領事から市に打診があり、6月には市長を訪問、米側は改めて協定締結の申し出をしている。そして、22日に市が発表、1週間で協定調印という流れだ。この間、市民の代表である議会にもきちんと説明していない。ある市議によると、市が議員へ伝えたのは発表当日の22日。国際化推進課長の野坂が各会派を回り、幹事長や代表にリリースを手渡して、了解を求めたという。6月市議会は19日から30日。22日は休会中で、翌日が本会議。質問しようにも、通告期限を過ぎていた。その後も休会と本会議が交互にあり、最終日の本会議前日の29日に、市長の松井が、駐日米大使館に出向いて調印している。議会休会を狙ったかのような公表と調印。被爆者、市民の疑念が膨らむのは当然だろう。

 ただこの話は以前から着々と進められていた形跡がある。2016年に米大統領だったオバマが現職大統領として初めて広島を訪問。同年12月、当時の首相、安倍晋三がパールハーバー訪問。17年には、ホノルル広島県人会が協定を申し入れている。今回が初めてではない。そして、今年5月のG7広島サミットを機に、再び協定を結びたいという話が持ち込まれた。

 60年代に中国新聞記者として多くの被爆者を取材した元広島市長の平岡は、「かつてのような怒りが広島にはなくなった」と話す。世代の入れ替わりが進む中で、米国による「広島の取り込み」が始まっている、というのは言い過ぎだろうか。(文中敬称略)(ジャーナリスト・高瀬毅)

AERA 2023年8月28日号より抜粋