ぽかぽかと晴れた日には、公園の芝生やベンチで外ランチする人も増えてきました。 春分の日から数えて15日めは二十四節気「清明」。 この日に草萌える大地を踏みしめて歩くことを『踏青』というそうです。春、動き出した自然の恵みをいただきに、外へでかけませんか。
この記事の写真をすべて見る野遊び、山遊び、磯遊び・・・春は外へ出て遊ぶ!
春の季語には、戸外で過ごす「遊び」がいくつもあります。昔の人も春はうきうきでかけたい気分になったのでしょうか。そして外では皆で楽しくお食事していたようです!
『野遊び』は、野に出て会食したり草を摘んだりすること。現在のピクニックですね。
その楽しさは、『万葉集』にも「(春日野の浅茅の上で)仲間たちと遊んでいる今日のことは、いつまでも忘れないだろう!」と歌われたほど(巻十・春雑歌『野遊』より)。梅の花を髪に挿したり、歌を詠みかわしたり、若い男女にとっては貴重な出会いの場でもあったようです。
『山遊び』はハイキングでしょうか。森林浴もいいですね。
春は、ヨモギなど体を目覚めさせる野草も豊富。日本では昔から、香り高い若葉を摘んで草餅などを作り、若返りの生命力をいただいてきました。ほんのりした苦み成分が、冬の滞った毒素を邪気と一緒に体の外へ追い出してくれるのです。
『磯遊び』は、漁が始まる前の海にお弁当を持ってでかけ、磯や浜で一日中遊ぶこと。現在の潮干狩りの起源ともいわれます。江戸時代は、埋め立て前で遠浅の海が現在より近くまで広がり、人々は気軽に潮干狩りにでかけました。良家の子女も裾をからげてナマ足で楽しんだので、男性には至福のレジャーだったようです。冷蔵庫がないので、たくさんとれたアサリを保存するために佃煮が作られたのですね。
桜には神さまが? お花見もたけなわです
昔、春の外遊びには「一日自然の中で過ごして身を清める」という意味がありました。「家にいてはいけない日」として家族総出で遊びにでかけたのは、旧暦3月3日。そのことから、穢れを洗い流す『磯遊び』が「流し雛」へ通じたともいわれます。ひな祭りにハマグリやヨモギを使い、ご馳走をなぜかお弁当のように重箱に詰めるのも、春の「遊び」とつながりがありそうです。
冬の間山にいた神さまが、春になると田や浜に下りてくる・・・自然とともに生きる農耕民族の日本人にとって、神さまを迎えてご馳走をともにいただく春こそが、一年の始まり。
桜の花には田の神さまが来臨するとされ、開花はその合図でした。咲いた花の状態で、その年の秋の実りを占ったといいます。お花見は農耕行事であり、自然をチェックする機会でもあったのですね。
平安時代の貴族たちによって鑑賞して楽しむ行事になり、江戸時代の中期には庶民にもお花見の風習が広まって桜の名所もできました。昔の桜は、山桜。ソメイヨシノのように一斉に咲かないので、現代より長期間お花見を楽しめたといいます。
江戸時代のお花見弁当は玉子焼きとかまぼこ(贅沢食材)が定番。甘酒や甘味を売り回る人や出店も出て、すでに「花より団子」状態だったようです。
ところで、現在のお花見では木の下にビニールシートを敷くことが多いですが、桜は根が覆われると呼吸できなくなってしまうそうです。根元を避けるかゴザを使用して、長く元気に咲いてもらいたいですね。
足裏から春を感じて、体を起こしてあげましょう
「清明」とは、「清浄明潔」の略。万物が目覚め、空気が清々しく澄んで全てが明るくはっきりと見える状態です。
中国の『清明節』は祖先の墓の草むしりや掃除をする祝日で、日本のお盆にあたります。沖縄でも『清明シーミー』と呼んで亀甲墓に集まり、掃除してきれいになったお墓に果物やご馳走を供えて、その広い庭で宴会するそうです。ご先祖さまも交えて、新しい目覚めを喜び合うのですね。
またこの日は『踏青節』といって「青を踏む」日。アスファルトではなく草の生えた地面を踏んで歩くと、足裏から伝わる柔らかな草の感触で「春になったんだな〜」と楽しい気分になります。陽射しを浴びて脳内物質セロトニンも分泌され、体の活動スイッチが入るのです。冬モードの体をしっかり覚醒させることが、これからの季節を元気に過ごすポイントなんですね。野草や貝など自然の獲物(恵み)をいただくときは、有毒なものへの注意が必要です。また紫外線や虫刺されの予防や、ブランケット・暖かい飲み物などの防寒対策も、どうぞお忘れなく。
さてお弁当は何にしましょうか・・・?
・参考 『旧暦で読み解く江戸』(双葉社スーパームック)