「個人的には、このやり方は失敗するのではと思っていました。タイトルや内容が知られているスラムダンクと、本作では事情が違う。賛否が分かれる現状をみると、あえて隠したのかなとも思ってしまいます」


 東宝によると、公開4日間で観客動員135万人、興行収入21.4億円を突破した。「千と千尋の神隠し」(興収316.8億円、興行通信社調べ)の初動を超える記録という。


「数字は大成功だと思います」と話すのは、国内外のアニメーション事情に詳しいジャーナリストの数土直志さんだ。


「『スラムダンク』も公開前にPVや声優が発表されていた。『君たちは~』はさらに先を行ったと思います。それを可能にしたのは、やはり宮崎駿というブランドと、製作委員会方式ではなくスタジオジブリの一社出資ゆえです。これは『エヴァンゲリオン』と同じ方式です。『全責任を私たちが負うから好きにさせてほしい』ということでしょう」


 数土さんは、戦略というより、純粋な動機を感じるという。


「SNSなどの情報過多な現代に『お客さんが映画を観る体験を大切にしたい』という原点に戻ったのではと推察します。海外からの注目度も高く、すでに北米では年末の公開も決まっている。三大映画祭出品→ワールドプレミア→日本公開→世界公開、という従来のビジネスモデルを崩すスタイルなのに、ここまで注目されるのはすごい」


■語りたくなるアニメ


 だが、数土さんも、公開前は不安を感じていたという。


「特に若い世代にほとんど認知されていないと感じていました。でも、観て『なるほど』と思った。これは『語りたくなるアニメ』です。宮崎作品は『もののけ姫』以降、『ハウル』も『崖の上のポニョ』も、ストーリーがゆるくなり、説明されない部分が増えた。本作もまさにそれで、その隙間を観客は語りたがるのです。ネットでの賛否もヒットの一因。映画業界では『賛否両論になる映画こそヒットする』といわれますから」


 前出の津堅さんは公開前日、講義を受講する学生71人に「宮崎駿監督の新作が明日公開と知っているか」のアンケートをとった。結果は「知っている」が約半数。「映画を専攻する学生ということをふまえても、正直意外だった」という。


「もっと少ないと予想していたんです。というのも20~22歳の学生たちはリアルタイムに劇場で宮崎アニメを観ていない。08年の『ポニョ』は就学前で、13年の『風立ちぬ』は小学生向けの作品ではなかった。彼らはテレビの再放送やDVDでジブリアニメに触れてきた世代。その世代にこれほど大きく期待されているのかと」(津堅さん)


 多くの若い世代にとって、この作品が初めて劇場で観る宮崎アニメになる。


「かつ、おそらく宮崎アニメ最後の劇場体験にもなると思いますから」


 私たちはどう見るか。ぜひ、劇場で確かめてほしい。(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2023年7月31日号

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