アルメニアのロシア離れは、プーチン氏にとって極めて深刻な意味を持つ。
アルメニアはユーラシア経済連合だけでなく、ロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)にも加わっている。
かつてソ連を構成していた国の中でも、ベラルーシと共にロシアと最も緊密な関係を結んできたのは、ひとえにナゴルノカラバフ問題でロシアの支援が必要だからだった。
ロシアからみれば、アルメニアは何をしなくてもついてくる安パイのような存在だった。
様相が一変するのは、2020年のアゼルバイジャンとの軍事衝突だった。ロシアは1994年に合意された停戦ラインを破って攻撃するアゼルバイジャンを止めようとしなかった。
結果としてアルメニアは、26年間維持してきたアゼルバイジャン領内の占領地を大幅に失うことになった。ラチン回廊がナゴルノカラバフとアルメニアをつなぐたった一本の「へその緒」となってしまったのも、このときのことだ。
プーチン氏がアルメニアを助けなかった背景には、パシニャン氏への個人的反感があったとみられる。
■欧米の仲介拒否せず
パシニャン氏は、ジャーナリスト出身で、政治犯の撲滅を訴えて政治の世界に飛び込んだ。街頭で反政権デモを繰り返す市民の後押しで、18年に政権の座についた。市民の力による政権打倒を嫌悪するプーチン氏とは、水と油の存在だ。
20年の敗戦で、パシニャン政権は弱体化するかと思われたが、翌年に繰り上げ実施した議会選挙で大勝した。ロシアへの失望が国民世論に影響した可能性がある。
国内の足場を固めたパシニャン氏は、今年5月22日、大胆な一歩を踏み出す。アルメニア系住民の安全が保証されるなら、ナゴルノカラバフをアゼルバイジャン領として認める用意があると表明したのだ。
いつまでもナゴルノカラバフにとらわれてロシア依存を続ければ、アルメニアに将来はないと考えたのかもしれない。ロシアによる大義も展望もないウクライナ侵攻が、こうした考えを後押ししたことに疑いはない。
欧米も、こうした状況を利用して、アルメニアをロシアから引き離そうとしている。米国やEUが、ナゴルノカラバフ問題の仲介役に名乗りを上げているのだ。アゼルバイジャンも欧米の仲介を拒否していない。
ロシア抜きでナゴルノカラバフ問題にけりが付けば、アルメニアがより大胆に欧州に接近するシナリオが現実味を帯びる。プーチン氏にとっては悪夢の事態だろう。
(朝日新聞論説委員、元モスクワ支局長・駒木明義)
※AERA 2023年6月19日号より抜粋