オーストリアの指揮者クリスティアン・アルミンク(1971年ウィーン生まれ)が2019年6月末から7月初めにかけ、音楽監督を務めるベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団と日本ツアーを行うことになり、2月25日、東京・錦糸町のすみだトリフォニーホール内で記者会見に臨んだ。
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アルミンクは同ホールを本拠(フランチャイズ)とする新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を2003~13年に務めただけに、墨田区一帯を「第2の故郷」とする思いがある。同席したホールの上野喜浩プロデューサーはアルミンク6年ぶりのすみだ復帰を歓迎、「お帰りなさい!」と声をかけた。リエージュ・フィルとしては1990年のピエール・バルトロメー指揮以来、29年ぶりの日本ツアー。フランソワ=グザヴィエ・ロトの後任として、2011年から音楽監督の任にあるアルミンクには先ず、オーケストラの特色を語ってもらった。
「コンニチハ! 2度目の日本ツアーを控えているリエージュ・フィルは1960年、リエージュ音楽院出身の若手の楽団として設立され、2年後に60周年を祝います。私が最初に客演してから16年、ここ8年は音楽監督です」「日本の皆さんにとって、リエージュはあまり馴染みのない街でしょうから、少し説明します。ベルギーの南半分を占めるワロン地域に属し、フランス語圏ですが、実はドイツ語圏にも近いのです。ドイツ国境、例えばアーヘンまでは車で20~25分、デュッセルドルフやケルンにも、私がスピードマニアであることも手伝って1時間半で着きます」
「オーケストラの響き(サウンド)も、まさにフランス風のフレージングと、ドイツ風の深く仄暗い音色の両方に影響を受け、独特の味わいがあります。新日本フィルがトリフォニーホールを本拠とするように、リエージュ・フィルにも幸い素晴らしい専用ホールがあります。1887年にできた歴史的建造物。古風なしつらえの良いホールで、約1,100人を収容できます」
「国外ツアーへ頻繁に出かけることも特徴の一つ。私ともドイツ、スイス、オーストリア、スペイン…と出かけてきました。今回、すみだトリフォニーホールにサントリーホール、京都コンサートホールを加えた3カ所を巡演できるのは、素晴らしいことです。メインの交響曲には私の最愛の作品、ブラームスの第1番と作曲家でもあるベルギーの優れたオルガン奏者ティエリー・エスケシュの妙技を堪能できるサン=サーンスの第3番《オルガン付》の2曲を用意しました。さらにモーツァルトのピアノ協奏曲第20番、タン・ドゥンのギター協奏曲《Yi2》を交え、ベルギーの作曲家ルクーの演奏時間12分ほどの小品《弦楽のためのアダージョ》も演奏します」
「リエージュは非常に音楽的な街です、出身作曲家もセザール・フランク、ウジェーヌ・イザイ、ギヨーム・ルクー、アンドレ=エルネスト=モデスト・グレトリと、4人もいます」
「私の前任の音楽監督にはバルトロメー以降もルイ・ラングレー、パスカル・ロフェ、フランソワ=グザヴィエ・ロトとフランス系の指揮者が続きました。どっぷりフランコ=ベルギー派のオーケストラだったといえます。なぜ、クリスティアンが呼ばれたのか? それは、せっかくドイツ語圏との接点に位置しているので、今後はワーグナーやマーラー、ブラームス、シューマン…とドイツ=オーストリア音楽の方面に、レパートリーを拡大していく狙いからです。私が大好きなワインに例えれば、ボルドーの赤も美味しければ、ドイツ国境アルザスの白ワインも素晴らしい。もし両者の良さを兼ね備えたワインがあれば、絶対に飲んでみたいと思います。リエージュ・フィルのちょっと特殊な音色の味わいは、今後も大切に保っていくつもりです」
「ベルギーだけでなくオランダ、英国など近隣の北方ヨーロッパ諸国ではドイツやイタリアより早くピリオド(作曲当時の仕様の)楽器の研究と復活が進み、歴史的情報に基づく演奏(HIP)へ深く踏み込んできました。ベルギー国内、ブリュッセルやアントワープ、リエージュなどの音楽院ではモダン(現代)楽器の生徒もピリオド楽器を並行して学んでおり、そこで身につけた様式感はオーケストラにも当然、反映されています」
「音色ではリエージュの街の歴史や文化を色濃く体現しているものの、楽員の構成は国際的です。大半はベルギー人やフランス人ですが、中欧・東欧出身者も多く、30歳の若いコンサートマスターはルーマニアのブカレストから来ました。さらに中国人が3人、アメリカ人と日本人も1人ずつ在籍しています」
アルミンクは時に日本語の単語も使いながら、ツアーへの期待を熱く語った。リエージュの街については、会見に加わった駐日ベルギー大使館のイェルン・ヴェルゲイレン公使参事官からも詳細な説明があった;
「リエージュ市単独の人口は約20万人ですが、周辺を含めると約70万人。ベルギーではブリュッセル、アントワープに次ぐ第3の都市圏です。地理的にはヨーロッパの中心に位置、文化や歴史の面でも非常にヨーロッパ的な街といえます。皆さんがヨーロッパの都市として先ず思い浮かべるロンドンやパリ、ベルリン、ウィーン、ローマなどが全て1国の首都であるのに対し、リエージュはドイツをはじめとするゲルマンと、フランスをはじめとするラテン、2つの文化の交差点です。両者の中間に存在するにもかかわらず、1,500年以上も独立を維持してきました。1817年に製鉄所ができて、ヨーロッパの産業史をリードした過去を誇り、現在では宇宙産業、バイオテクノロジー、ライフサイエンスの先端拠点です。日本からの進出企業もあります。さらに物流の要衝でもあり、ヨーロッパで3番目に大きい河川の港と大規模な貨物線空港を擁しています。広く世界に開かれた街ともいえ、かつてイタリアから入ってきた労働者たちの築いたイタリア人コミュニティなどもあります」
クリスティアンとリエージュ・フィルの日本ツアーに興味を持ち、実際に感動したら、次はベルギーへ飛んでオペラや美術館、グルメを楽しみながら、本拠地での演奏を体験してみたくなるはずだ。Text:TAKUO IKEDA、Photo:YURI MANABE
◎公演情報
【クリスティアン・アルミンク指揮 ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団】
2019年6月29日 (土) 14:00 京都コンサートホール
ルクー: 弦楽のためのアダージョ
タン・ドゥン: ギター協奏曲 「Yi2」 (ギター: 鈴木 大介)
ブラームス: 交響曲第1番 ハ短調 op.68
2019年6月30日 (日) 15:00 すみだトリフォニーホール 大ホール
ルクー: 弦楽のためのアダージョ
タン・ドゥン: ギター協奏曲 「Yi2」 (ギター: 鈴木 大介)
サン=サーンス/交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付」
(オルガン : ティエリー・エスケシュ)
2019年7月1日(月)19:00 サントリーホール
ルクー: 弦楽のためのアダージョ
モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466 (ピアノ: 小林 愛実)
ブラームス: 交響曲第1番 ハ短調 op.68