数々の鉄道事故で遺族代理人を務めるなど、鉄道事故に詳しい佐藤健宗弁護士は、「落とした財布は急がなくても確実に回収できるはずですから、男性が無理な行為をしたと言わざるを得ません」と前置きしたうえでこう話す。
「このように、緊急性がないのに非常停止ボタンを押して混乱を生じさせ、鉄道会社の収入などに影響を与えた場合は、ボタンを押した人に民事上の賠償責任が生じる可能性があります」
ただ、佐藤弁護士は、同様のケースで鉄道会社が損害賠償を請求した例は聞いたことがないと言う。また、運行への影響が今回の「上り列車に2分の遅れ」程度では難しい面があるようだ。
「鉄道会社に損害が発生したと解釈する一つの目安として、『振り替え輸送』の有無があります。列車に飛び込むなどして自死された方の遺族に対し、鉄道会社が損害賠償を請求するかどうかも、振り替え輸送の有無が分かれ目になることがあります。今回のように数分の遅れですと、この事案に対応する代替要員の用意や、職員の残業なども発生しないと思われますので、鉄道会社に損害が生じたとは言いにくいかもしれません」(佐藤弁護士)
駅員が財布を拾うと伝えたにもかかわらず、なぜ男性は待たずにボタンを押してしまったのか。わずか2分の遅れとはいえ、帰宅ラッシュ時でもあり乗客は迷惑しただろう。動画は男性が撮影したとみられており、駅員は撮影をやめるようにお願いしていたという。
「どのような状況だったかによりますが、非常停止ボタンを押すという実力行使によって駅員らの業務を妨害しているので、威力業務妨害罪にあたる可能性は否定できないと思います」(佐藤弁護士)
JR東は、「個別の事案について、賠償請求などの対応を取るかについては回答いたしません」としている。(AERA dot.編集部・國府田英之)