『居酒屋と県民性』(朝日文庫)
『居酒屋と県民性』(朝日文庫)

 ここ数年の東京の居酒屋傾向は、都心の盛り場を離れた住宅地に、大人を相手に高水準の酒料理を提供する郊外型上等居酒屋の増加だ。若い客相手のダイニング居酒屋と、大人相手の本格派の併存といえよう。

 もう一つの特筆は、東京には伊豆諸島など南の果てまで離島が連なること。走る車は品川ナンバーだ。離島は台風などでひとたび交通が途絶えれば、食料調達も病人も妊婦もすべて島内で解決する自立心があり、それゆえ独自の食材調理が発達する。また狭い島内ゆえ、むやみに反発し合うことのない協調心をもち、海を渡って人が来てくれるのがうれしく、来島者を温かくもてなす気持ちがある。私はいろんなイベントやキャンプで何度も訪ね、そのたびに島の人々と交流を重ねた。幾年か前、本格的に八丈を知ろうとながく滞在して書いた6編(『ニッポンぶらり旅 可愛いあの娘は島育ち』(集英社文庫所収)は思いのこもった内容になった。

 八丈島はかつて飢饉対策で米による酒醸造は禁じられていたが、1853年、流罪された薩摩藩人により薩摩芋による焼酎製造が教えられ、それまで酒のなかった島人にうるおいをもたらした。八丈島には今も4つの酒造所がある。さらに南の青ヶ島で原初的製法を守る「青酎」はカビくさい香りがいわば焼酎のブルーチーズ。絶海の孤島の秘酒は特製くさやチーズにぴったり合う。

【太田和彦さんオススメの東京の名店】

 東京の名店は紹介しきれないが、ここでは江戸=東京の気風を残す「東京らしい=東京以外では似合わない」老舗四店と離島の一店を紹介しよう。

●東京根岸 鍵屋(かぎや)
 酒屋の創業は安政3(1856)年、昭和初期から店の隅で飲ませ始め、戦後居酒屋になった。当時の建物は道路拡張で「江戸東京たてもの園」に移築保存され、今の店は大正時代の家。裏路地に置いた置行灯(あんどん)が白暖簾(のれん)をぼおっと照らす光景は昔の東京を思わせる。酒の燗(かん)つけも、15~16種の肴も戦前と全く変わらない東京の居酒屋の神髄。女性だけの入店はお断わり。

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