カナダの現代型R&Bシンガー/プロデューサーであるザ・ウィークエンドの「Earned It (Fifty Shades of Grey)」が、The Billboard Hot 100のチャート登場20週を越えてなお、トップ5圏内に収まり続けている(5/30付けで3位・最高位も3位)。ザ・ウィークエンドことエイベル・テスファイのキャリアにとっても、過去最高の記録となった。この曲は、今年2月より劇場公開されてきた映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のサウンドトラックから、最初のシングルとしてリリースされた書き下ろしの楽曲である。
『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、もともとイギリス人の一般の主婦であるE・L・ジェイムズがインターネット上に投稿した小説だ。それが大反響を呼んでベストセラー書籍となり、映画化されるまでに至った。普通の女子大学生アナ・スティールが、ふとしたことで富豪の男性クリスチャン・グレイに出会い、互いに惹かれ始める。ところが、クリスチャンはBDSMの嗜好の持ち主であり、“本当の意味で女性を愛したことがない”ことから、アナとの距離感に葛藤を抱いていた。クリスチャンの嗜好には、彼の少年時代の経験が暗い影を落としていたのである。クリスチャンを思うが故に、彼の嗜好を受け入れようと努力するアナ。官能的な映像と共に、映画は“人それぞれに異なる愛情表現のズレ”というテーマへと踏み込んでゆく。
ボンデージ・ファッションでロープを手に踊るダンサーたちや、緊縛され宙吊りにされる女性までもが登場する「Earned It (Fifty Shades of Grey)」のミュージック・ビデオには驚かされたが、書き下ろし曲だけあって、ビデオは『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のストーリーを踏まえていたわけだ。というか、この曲の歌詞は、明らかにクリスチャン・グレイという登場人物の視点で書かれている。《I’m so used to being used(僕はただ利用されるばかりで、そのことにも慣れてしまった)》と痛ましい経験を告白し、女子学生であるアナに《Girl you earned it(君は自分で地位を手に入れたんだよ。それだけの価値があるんだ)》と告げるのである。
厳かなストリングス・アレンジが施された3拍子のソウル・チューンの中、ザ・ウィークエンドは狂おしく美しい歌声によってクリスチャン・グレイの思いを代弁してゆく。慎ましやかな楽曲でありながら、その響きはどこか背徳的で物悲しい。ロマンチックであるほどに苦しみも比例して増幅される、そんなラヴ・ソングなのである。映画のストーリーに深く入り込むことで素晴らしさが際立つ作風は、ザ・ウィークエンドの巧妙なアイデアと言えるだろう。それにしても、爆発的人気のインターネット小説を原作にした映画の歌を、インターネット上の音源発表(フリーのミックステープ)で大きな支持を獲得しメジャー・デビューを果たしたザ・ウィークエンドが手掛けて大ヒットするのだから、つくづく面白い時代だ。
[text:小池宏和]
◎リリース情報
『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ~サウンドトラック』
2015/2/11 RELEASE
UICU-1262 2,646円(tax in.)