2022年7月にプロ転向を宣言し、シニアに上がって12年間の息の長い競技生活に終止符を打った羽生結弦さん。ノンフィクションライター・田村明子さんが、彼の良きライバルだったカナダのパトリック・チャンと、アメリカのネイサン・チェンの現在を追った。
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パトリックは2018年平昌オリンピックでカナダの団体戦金メダルを手にした後、競技活動から引退。現在はバンクーバーに拠点を持ち、20年に入籍した妻で元ペアスケーターのエリザベス・パットナムとの間には、1歳になったオリビエ君がいる。
18年はカナダでアイスショーに出演したが、その12月にスキーの事故で膝の靱帯を痛める大怪我をおった。その後は時折セミナーで教えたり、ホッケー選手にスケーティング技術の指導をしたりする以外は、ほとんどスケート活動をしてこなかったという。
現在の彼の本業は、不動産のエージェントだ。コースをとってライセンスを取得し、主に商業用物件の担当をしている。だがちょうど活動開始とパンデミックが重なってしまい、営業の電話をかけることに専念していた時期もあった。「パトリック・チャン」から電話が来て、驚いたファンなどはいなかったのだろうか。「それが意外と少なくて、自分は思っていたほどは名前が知られていなかったんだなと思いました」と苦笑する。「それにバンクーバーは中国系カナダ人が多いので、チャンはどこにでもある苗字。きっとみんな、スケーターのぼくとイメージが結びつかないのだろうと思います」。パトリックはそう説明した後で、「ところで一つ聞いても良い?」と切り出した。「ユヅが一人だけでアイスショーを滑ったというのは、本当のことなの?」。昨年11~12月、横浜と八戸で合計5日間にわたって開催された、羽生さんのワンマンショーのことだ。事実です、と答えるとパトリックはこう続けた。「一人だけって、途中で群舞とかは入れずに、ずっと一人で?」「どのくらいの長さ?」「90分と聞いています」「そんなこと、どうやったら可能なんだ!」と絶叫した。