内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
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※写真はイメージ(gettyimages)
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哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 関電の経営者たちが原発の地元福井県高浜町の元助役から3億円を超える金品を収受していた事件が連日報じられている。受け取ったのは現金・商品券・金貨・小判・金杯・スーツ券など。一人で1億円を超える金品を受け取っていた者もいた。記者会見で釈明した会長・社長自身が金品の受領者なのであるから、彼らが「一時的に預かっただけ」とか「申告したから違法性はない」とか「儀礼の範囲」だと言い張っても説得力はない。盗んだものを捕まった後に「返すから無罪にしてくれ」と言い張っても通らないのと同断である。

 けれども、この幹部たちは刑事訴追されるかどうかは微妙である。民間企業の場合には賄賂の受け取りについて、立件のハードルが高いからだ。特別背任罪に問うためには、幹部たちが自己や第三者の利益を図る目的で会社に具体的な損害を与えたことが要件となるが、幹部らはただ一方的に金品を押し付けられただけで、いかなる便宜も図っていないし、いかなる損害も会社に与えていないと主張しているからである。

 原発関係者への金品贈与がいつから始まったのか、総額どれくらいなのかは死んでしまった元助役以外は誰も知らない。彼は何の見返りも求めずただひたすら関電幹部たちに金品を贈与し続け、原資を供出した地元企業もまた、何の見返りも求めずにひたすら金を渡し続け、収受した側も何の見返りも与えずにひたすらもらい続けたという「嘘のような話」で一件落着させることを関係者たちはめざしているようである。

 非常識なまでに気前のよい人と非常識なまでに金銭感覚の鈍感な人がたまたま遭遇しただけのことで、そこには何の違法行為も何の隠しごともありませんと言っている割には、関電幹部は情報開示にはずいぶん不熱心であった。それは刑事訴追は免れるにしても、自分たちが桁外れに非常識な人間であると満天下に明かされることのリスクについては彼らも多少は理解していたからであろう。

 非常識は処罰の対象ではなく、教化訓育の対象であるという常識に私は与する。だが、この熟年財界人たちにこのあと市民的成熟の機会は訪れるのであろうか。

AERA 2019年10月21日号