児童相談所が限界にきている背景には、何もかも「児相頼み」という側面がある。首都圏のある自治体の児童相談所に勤務する管理職の男性(40代)は、全ての対応を「児相一辺倒」で担うことに問題があると話す。
「いま児相には、アクロバティックなことが求められています。まず虐待されている子どもの身柄を保護し、次に必要な場合は一時保護施設に入れ、そして保護者や子どもを支援する──。これはつまり、保護者から強制的に子どもを引き離し、それでいて一緒に頑張りましょうと握手を求めるようなもの。これでは保護者といい関係を築けるはずがない。児相の本来の役割はソーシャルワーク、福祉の分野での支援です。欧米では警察が子どもを保護し、司法が一時保護所に入れる判断を下している。児相の負担を軽くするためにも、日本でも役割分散が必要です」
先の片倉さんも、こう説く。
「児童虐待には複雑な背景があり、児相のみで解決できるものではない。福祉、医療、保健、教育、警察、司法など各分野に子どもの虐待について専門的知識を持つ部署が置かれ、連携しながら社会全体で支える仕組みをつくっていかなければなりません」
●僕が親にされていることを信じて対応してくれた
一方、現場でも工夫は始まっている。
冒頭で紹介した、大阪市こども相談センターの岩田課長は次のように話す。
「センターに虐待通告が入ったら、まずスーパーバイザーや課長代理に報告がきて、初動の方針を整理する。速やかに動けるようにしています」
センターの体制は、餓死事件を受け一新された。虐待の対応を担う「虐待対策室」は「虐待対応担当課」に昇格。課長、課長代理が専従で配置され、係長も2人増員された。大阪府警本部から現職警察官2人の派遣もあり、人数は1.5倍に増えた。
虐待の疑いがあるケースについては、管理職が出席する進捗管理会議を毎週開き、通告後の調査の進捗状況を把握。対応についても組織的に共有するようになった。ほかにも、夜間の緊急通告に即応するため宿直職員を置き、現場に急行できる体制にした。
今、センターには警察官OBが24時間勤務し、24時間体制で消防に出動を要請する仕組みもある。組織間の連携が強まり、緊急時にすぐ対応できるようになったという。現在、同課の児童福祉司は約30人。2人一組、ベテランと新人がチームを組んで事態にあたる。岩田課長が言う。
「児童相談所は子どもの権利を守る最後の砦。何年か経って、当時保護した子どもが訪ねてきて、『あの時、大人は誰も僕の話を信じてくれへんかったけど、ここでは僕が親にされていることをちゃんと信じて対応してくれた』と言ってくれたりする。子どもが変わっていく姿が私たちの原動力。研修では必ずあの事件に触れますし、センターみんなで子どもの最善の利益を守る責任を果たしていきたい」
虐待を受けて死亡した子どもは年に77人(16年度)。今も5日に1人、未来ある幼い命が失われている。(編集部・野村昌二)