●人手不足と過酷な業務で、燃え尽き症候群に陥る
社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」(東京都世田谷区)理事で、30年近く都の児相で働いてきた片倉昭子さんは、虐待を巡る制度の変更が職員の忙しさに拍車をかけていると指摘する。
「2000年に児童虐待防止法が施行され、それまで保護者からの相談に重点を置いていたのが、施行後は、虐待に気づいたら、児相に通告することが義務となりました。通告が入ると休日でも『待ったなし』の場合があります」
さらに04年の法改正で、子どもの目の前で親が配偶者に暴力を振るう「面前DV」も心理的虐待に当たるとした。07年には虐待通報から48時間以内に安否確認をする「48時間ルール」が決められ、13年にはきょうだいの虐待を見た子どもも「心理的虐待」を受けたとして児相が調査するようになった。15年には全国共通ダイヤルの「189(いちはやく)」がスタート。いずれも欠かせない取り組みだが、社会的関心の高まりとともに、児相の業務が急増した。
児童福祉司1人当たりの虐待の対応件数で、最も多いのは埼玉県と大阪府の64人(表参照)。奈良県が55人と続く。継続案件や非行など虐待以外の案件を加えると、児童福祉司1人が抱えるケースは100件を超す場合もある。先の片倉さんは言う。
「1人の職員が1年間で対応できる子どもは、私の経験をもとに考えればせいぜい30人か40人。よりきめ細かく対応しようとすれば20人程度です」
慢性的な人不足による過酷な業務とプレッシャーは、バーンアウト(燃え尽き症候群)に陥りやすい。
児童福祉司として働き、『走れ!児童相談所2 光に向かって』(アイエス・エヌ)などの著書がある公務員の安道理(あんどうさとし)さん(50代)は、大学で心理や福祉を学んでいても、現場で通用する研修を受けていなければ燃え尽きて心を病んでしまうケースがあるという。
「次々と入る虐待通告への対応に追われ、新人職員の研修もままならない。様々な虐待に対応できる児童福祉司を育てにくい、構造的な問題を感じます」
●マニュアルが優先され、心の叫びを聴けていない
児童福祉司は国家資格ではなく、大学で心理や教育を学んだ人や、社会福祉士資格を持っている人を自治体が任用する。通常は4、5年かけて一人前になっていく。だが近年は、人事の異動サイクルが短くなり、1、2年で別の部署に配置転換されることも少なくない。現在、経験年数が3年未満の児童福祉司が約40%も占める。
ソーシャルワーカーらでつくる「子ども研究会」代表で虐待対策コーディネーターの齋藤幸芳(ゆきよし)さん(68)は、今の児童福祉司の中に「児童の専門家」と胸を張れる人が何人いるのだろうかと指摘する。
「児童福祉司の個性は失われ、誰がやっても同じような金太郎アメの状態。マニュアルが優先され、子どもの個々の心の叫びを聴けていない」
国は今年7月、児童福祉司を約2千人増やすことを決めた。だが齋藤さんは、「質」を高めた上での増員でないと意味がない、増やすだけでは危機感も使命感も責任感も持たない児童福祉司が増えるだけと語る。
「質の確保のためには、児童福祉司を国家資格のような位置づけにすることが急務。そして、経験値を高めてから実践の場に出る仕組みが必要です。例えば、イギリスでは、児童福祉司は1年間ケースを持たずに経験豊かな職員につく。対して、日本は長くて1カ月。子どもを助けるのは命がけです。知識と技術、経験が重要であることを認識しなければいけない」(齋藤さん)